サンタクロース様。
早いもので十二月に入って一週間が過ぎた日曜日。
早めの晩ご飯を終えると、リビングでお兄ちゃんがテレビをつけ、『ダーウィンが来た!』を見る。
私は『ダーウィンが来た!』を見るお兄ちゃんを見る。
取りあげられる動物がかわいければかわいいほど、お兄ちゃんの輝きが増す。
なのでミツバチなどの昆虫回はガッカリする。
お兄ちゃんは昆虫であれ爬虫類であれ、「へぇー、すごいねぇ~」と感心して楽しんでいるが、私は退屈で仕方がない。
そんなものでお兄ちゃんは泣かせられない。
あとホッキョクグマの回もダメ。
あれは前半でホッキョクグマの生態に触れ、
中盤から後半にわたってコロコロした小熊のかわいさを存分にアピールしたのちに言うのだ、
「しかし近年の温暖化の影響でだんだんと餌を取るのが困難になってきている」
「子供の二頭に一頭は生後一年以内に死亡することが多いのが現実だ」
まさに上げて、落とすだ。
もちろんお兄ちゃんは大号泣したのだが、
しゃくりあげ過ぎて息ができなくなり、白から赤に、赤から青に変わっていくその顔に私は慌ててお姉ちゃんを呼んだ。
ホッキョクグマは刺激が強すぎてものすごく危険だった……。
そして次の日から温暖化防止だと、冬のクソ寒い中お兄ちゃんは家中のエアコンのコンセントを抜いたのだ。
そんなことがあって以来、ホッキョクグマの回はお兄ちゃんには見せてはいけないようにお姉ちゃんにきつく言われている。
そういう点では、本日の放送は非常に期待通りの回で、
神回と呼ばれる、スカンクやキタキツネほどではないものの、
安定したかわいさとかわいそうさを保っていた。
お兄ちゃんが。
そして放送が終わりに近づき、画面に流れるスタッフロールを眺めながら、
お兄ちゃんは恋こがれた顔でぼそりと呟いた。
「欲しいなぁ~」
番組が終わり、宿題をやるためにお兄ちゃんが部屋に戻ると、洗濯機の前で洗濯ネットにネックセーターを押し込んでいる背中に私は声をかける。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何、セリカ?」
「コアラっていくらすんの?」
「……え?」
察しのいいお姉ちゃんが固まる。
「お兄ちゃん、さっきコアラ欲しいってテレビ見ながら言ってたから」
「いや、あれってそもそも、そんな個人で購入できんの?」
「とりあえずアマゾンか楽天で検索してみたら?」
「生き物取り扱ってないって。そもそもサンタは生き物を取り扱ってないって方向で」
「去年、ユキもらったのに?」
「ウサギは非常食です」
「ちょっと……」
「マーチで何とかならないかな?」
「いくらお兄ちゃんとはいえ、チョコ菓子と生物との差は果てしないよ」
お兄ちゃんがサンタさんへの手紙をお姉ちゃんに託したのはその日の夜、
寝る前になったときだった。
「お姉ちゃんは絶対見ちゃだめだからねぇ」
お兄ちゃんがそう言って念を押す。
見ないわけがない。
いったいお兄ちゃんはこういうのをどこで買ってくるんだろうと思うようなファンシーな封筒に、『サンタクロース様へ』とややかしこまった感じながら、指でなぞりたくなるようなくるくるとした愛らしい文字で書いてあった。
お兄ちゃんが二階にあがったのを確認すると、お姉ちゃんは恐る恐るそれを開封する。
私が下から見上げると、便箋の裏側が透けて見えた。
そんなにたくさんの文字は並んでいないように見えたけど、
お姉ちゃんは立ったままその手紙を時間をかけて読んだ。
ようやく便箋を折りたたんだお姉ちゃんに、「なんて書いてあったの?」と私が訊けなかったのは、お姉ちゃんの眉間に深いしわが寄って困ったような顔をしていたのと、その目の縁が少し赤くなっていたからだ。
いつかの幼い記憶が鼻の奥で匂いとなってよみがえる。
お兄ちゃんがあの日の私と同じ間違いをしたとは思っていない。
ただ、お姉ちゃんにあんな顔をさせるのはコアラではないことだけはわかっていた。




