夜習、復讐。
鷲宮の席の前まで行くと、向こうは何事かと私を見上げる。
そのタイミングで思いきり前から机を蹴ってやると、
ちょうど鷲宮の鳩尾のところに机の天板が刺さった。
「がふぁっ」とか変な声をあげて前屈みの体勢になると、
机の上によだれの糸が伸びる。
おそらく今のであばらが何本かいったのだろう。
私はそのまま鷲宮の背中に回ると、
前髪を掴み、その顔面を何度も机に打ちつける。
打ちつける度に「ぼぶぁ」とか「ぶぼほぉ」とか、
色んなバリエーションを披露してくれる。
まるでヘタな法螺貝だなと私は思った。
ブチブチという感触とともに髪の毛が指の間に絡みつく。
カツっと音がして何かが床に落ちたと思ったら、それは鷲宮の前歯だった。
それを口に戻してやろうと、私は顔面を床に――――。
やめた。
こんな映倫に引っかかるようなシミュレーションを、
ベッドの中で何度もしていたおかげで、私は昨日の夜全然眠れなかったのだ。
こんなのは小五の健全な育成にもよろしくないない。
鷲宮に対する憎しみはそりゃはかり知れないものがあるが、
その内の何パーセントか何十パーセントだかは、
お兄ちゃんのSOSに気付けなかった自責に対しての苛立ちも混じっているのも事実だ。
何よりお兄ちゃん自身がそんなこと微塵も望んでいないので、
私のこの感情は私の独りよがりでしかない。
結局、この件はお姉ちゃんには報告していない。
幸いお兄ちゃんの雪肌も、時間をかければ何とか元通りになってくれそうだ。
……ただ。
独りよがりだろうが何だろうが、
このまま終わるのも小五の精神衛生上よろしくない。
私達があれだけ泣いて、
私なんかお兄ちゃんの頬をひっぱたいたってのに、
鷲宮達だけ何事もなかったかのように、これから先も変わらず生きていくのは気に食わない。
非常に。
――――そこで私は考えた。
昼休み。
花咲に頼んでお兄ちゃんを連れだしてもらっている間に、
私は鷲宮達がたまっている机に近付く。
妄想とは違って、鷲宮は私の存在に気付いていながら見えていない素振りをする。
しかし私はそんなことには構わず、その机の真ん中に一枚の小さな紙切れをすっと差し出した。
途端に鷲宮達の顔色が変わり、そこで初めてこちらを見上げてくる。
私はにっこり笑いながら、こっくり頷く。
今度は窓の外を指差す。
その先を見て、鷲宮達がもう一段階悪い方へと顔色を変える。
どうしたらいい!? なんて訊いてくるので、
「え、わかんない」と素っ気なく答える。
ちょうどそこに花咲に連れられたお兄ちゃんが戻ってくる。
花咲には十分くらいお兄ちゃんを連れまわしてもらうつもりだったので、
予定よりはかなり早かったが、結果的にいいタイミングとなった。
鷲宮達がお兄ちゃんの足元にすがりつくようにして謝り倒す。
お兄ちゃんは意味がわからず慌てている。
それを見届けてから教室を出た私を、花咲が後ろから呼び止める。
「お前、一体何やったんだよ? あいつらの様子尋常じゃないぞ」
「ボ、ボクぅ、何もしてないよぉー……」
と、お兄ちゃんのマネをしてみる。
似てない。
本当に私は何もしていない。
いつぞやの買い物の際に、警察官の名刺をたまたま頂戴したので、
珍しいからと鷲宮たちにもそれを見せてあげたのと、
あとはその警察官が校門前にパトカーを停めて、
生温かい眼差しで小学生を見守ってくれているので、
指を差して教えてあげただけだ。
親切心で。
だって、
みんなお友達だもんっ!
てへっ☆




