あらしの夜に。
家の前で車のドアが閉まる音が聞こえた。
気が付けば外は暗く、
壁の時計を見あげると、ひとりになってから三時間が経っていた。
すぐに玄関の鍵ががちゃがちゃと開く。
私はソファを蹴り越え、そのままの勢いでリビングを飛びだす。
すぐ目の前に迫る壁に手をつくと、右へと廊下の床を蹴る。
框に立つ自分の息がはあはあとうるさい。
外灯の心もとない明かりが玄関に射し込み、お姉ちゃんの形が浮かぶ。
私はすぐにもうひとつの形を探して、
その隣、後ろへと目を動かすがそれはどこにも見当たらない。
私はそこでようやく思い出したように玄関の明かりをつける。
――――――。
私が探していたものはお姉ちゃんの腕の中にあった。
包まれた毛布の間からは金色のきれいな髪が垂れていた。
息が、
心臓が止まる。
大丈夫。
お姉ちゃんが察した声でそう言った。
「もう大丈夫みたいだから、家に帰ってもいいって。だから心配しないで。ちょっと寝てるだけ」
『もう』ってことは、それまでは大丈夫じゃなかったってこと?
お姉ちゃんの顔は微笑んでいるつもりなんだろうけど、
眉がさがっていてとても悲しそうに見える。
二階にあがり、お兄ちゃんの部屋の暖房をつけると、ベッドに寝かされたきれいな寝顔を眺める。
相変わらず外では雷が鳴っていたけど、
もうそれを恐がる余裕もないほどに私の心は疲れ切っていた。
しばらくしてお姉ちゃんが部屋に顔を出し、
「お弁当買ってきてあるからごはんにしよっか」と言った。
正直、お弁当は何を食べているのかわからなかった。
残そうかとも思ったけど、
その選択はお姉ちゃんに余計な心配をかけるだけだと思って、頑張って喉の奥に流し込んだ。
お姉ちゃんと向き合う静かなリビングで、
つけっぱなしのテレビだけがよく喋っていた。
お弁当を食べ終えると、当たり前のように二人でお兄ちゃんの部屋にあがる。
お姉ちゃんも本当はお弁当なんて食べたくなかったんだろう。
よく眠っているお兄ちゃんを見ながら、ようやくお姉ちゃんが何があったのかを話してくれた。
学校の裏門から少し歩くと坂道ばかりの高級住宅地があり、
そこから更に三十分ほど歩くと小さな山があって、
そこにはハイキングコースが設けられている。
一年生か二年生かで行く遠足のスポットにもなっていて、
お兄ちゃんはそのハイキングコースの休憩所にいたらしい。
休憩所と言っても、簡易トイレと藤棚の下にベンチがあるだけで、
その藤棚も当然この時期は骨のような枝が広がっているだけだ。
そこで傘をさしながら、ランドセルをお腹に抱えて震えている所を管理をしているおじさんが見つけてくれた。
おじさんが話しかけた時にはすでにお兄ちゃんの意識は朦朧としていて、
呼びかけても「ごめんなさい」と謝るばかりだったらしい。
そのあと救急車を呼んだところに、近くで大雨を警戒パトロールしていたカスが駆けつけてうちに電話をしたというわけだった。
話し終わるとお姉ちゃんは、
「本当に、そんなとこでいったい何してたんだろうねー」と言った。
お兄ちゃんの足でそこまでいくのに、どれだけの時間がかかったんだろう。
お兄ちゃんは、そんなところに何しに行ったんだろう。
理由がわからないだけに、
こんなに心配かけたお兄ちゃんにだんだんと腹が立って。
それでも寝顔を見るとそれもおさまってしまうのだから、
ずるいなぁと思う。




