ホワイトライン。
玄関まで行くと、お姉ちゃんが買い物袋を框に広げていた。
美月お姉ちゃんは私たちの歳の離れた姉で、本人曰く今年二十七歳。
去年の今も二十七歳。
どうやら自分の周りだけ時を止める能力に目覚めたらしい。
永遠の二十七歳の市場価値は私にはわからないけど、このお姉ちゃんと、私、星里香、そしてお兄ちゃんこと星良の三人で我が姫宮の家族は全員。
お父さんとお母さんは私達が小学校に入ってすぐに事故でいなくなったので、それからはお姉ちゃんが私達の面倒を見てくれている。
お姉ちゃんには感謝している。
生活に関してももちろんそうなんだけど、お母さんから引き継いで、
お兄ちゃんをこんな風に育て上げてしまったのはお姉ちゃんなのだから。
「よいっしょっ……」
そんな声と共に買い物袋のひとつを持ち上げるお兄ちゃん。
ちなみにお兄ちゃんは体力測定で、三学年下の女子と肩を並べる腕力の持ち主だ。
「あ、そっち卵入ってるから気を付け――」
お姉ちゃんが言い終わるより先に、かしゃりと卵パックのひしゃげる音がした。
袋の中をのぞくと案の定十個入りの玉子の内、半分が割れていた。
「セイラ」
「ご、ごめんなさい」
お姉ちゃんの声に、お兄ちゃんが体を小さくさせる。
半泣きのお兄ちゃんの顔は、コーヒーをブラックで飲めてしまいそうなほどに甘い。
「ちょっとこっちおいで」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいから。こっちおいで」
「うぅ……」
お兄ちゃんが恐る恐る近寄っていくと、お姉ちゃんがカマキリのごとくそれを捕獲する。
そして、そのまま腕の中のお兄ちゃんの髪の毛に顔をうずめると、すんすんくんくんと匂いを嗅ぎだす実姉。
「許す! 許すよセイラ。はあ……同じシャンプー使ってるとは思えないわ何これ」
私はあそこまで露骨にはできないけど、お兄ちゃんは我が家の宝であり、癒しなのだ。アニテラピーなのだ。
「癒されるわぁー。これ癒されるわぁー」
何だかお兄ちゃんの大事なものまで吸われそうで怖くなってきたので、そこら辺で私はお姉ちゃんを引き離すことにした。
晩ごはんを食べ終わって、一息つくとリビングのリモコンパネルから軽快なメロディーが流れ、お風呂が沸いたことを告げる。
「どっちか先にお風呂入りなよー」と、キッチンからお姉ちゃんの声。
「お兄ちゃん先入りなよ。私今から見たいテレビあるから」
「そうなのぉ? じゃぁ先にいただくねぇ」
そう言うとお兄ちゃんは着替えを抱えてお風呂へと旅立つ。
そこから四十秒数えて私も旅立つ。
私はこのタイミングでよくうっかりしてしまう。
うっかりお風呂場に向かい、うっかり脱衣所の引き戸を、うっかり三センチほど開くと、うっかりお兄ちゃんの脱衣シーンに出くわすほどのうっかり具合だ。
別に見たいテレビがあるのは嘘じゃない。
ただもっと見たいものがそこにあるというだけの話。
脱衣所でお兄ちゃんが長い金髪を頭の上で束ねると、美しいうなじが露わになる。
スバラシイ。
何度見てもため息が漏れる。
夏の間もしっかり日焼け対策をしたおかげで水着跡などなく、
背中からお尻にかけても白一色。
ヤマザキ春のパン祭りでもらう陶器皿を思わせるような白さだ。
自分の兄ながら白人の尻の美しさというものは、何度見ても飽きない絵画のようなもので、
しかも、これが日々成長するのだから、これはまんま生きる芸術品と言ってもいい。
しかし、ますます体のラインが女の子になっていくのはどういうことだ。
まさに神様のいたずらだよ。
性的な意味で。
そしてなぜ胸を隠すのだ?
もしかして胸も出てきてるんじゃないだろうな?
そこを追い抜かれたら私の女としてのアイデンティティがいよいよ危うい!