大切なもの。
その日、晩ごはんを食べ終わり、
リビングのソファでバラエティ番組を子守唄にうつらうつらとしているところに、
「セイラ、ストーップ」
というお姉ちゃんの声で、私は目を開いた。
「ふぇ?」
とかわいい声のした方を見ると、
お風呂に向かうべく着替えを抱えたお兄ちゃんの姿。
あぶない。うっかりタイムをうっかり寝過ごすところだったよ。
「うしろ、何かついてるよ?」
「うし……ろぉ?」
お姉ちゃんにそう言われて、着替えを抱えたまま、
くるくるとその場で回転しだすお兄ちゃん。
バカな犬みたいで非常にかわいい。
お姉ちゃんがお兄ちゃんの肩を掴んで回転を止めると、
スカートの裾んところにしゃがみこんで何かをはずす。
「何これ? クリップ?」
「ああー。えと、今日学校で使ってて、ずっと探してたんだよぉ。こんなと
ころにくっついてたんだねぇ。へへへっ」
「セイラらしいね」
そう言って笑ったお姉ちゃんがローテーブルの上に置いたそれは、
プリントの束なんかを挟むために使う黒いダブルクリップだった。
こんなもん何に使うんだろうと思いながらも、
お兄ちゃんがお風呂に旅立ったので四十秒カウントを始める。
――――。
二十五秒ぐらいまで数えたのは覚えている。
「セリカちゃん。セリカちゃん」
二の腕の辺りを暖かい感触に揺さぶられて目を開けると、
湯上りほかほかのお兄ちゃんの姿が目の前にあった。
「お風呂空いたいよぉ」
「寝過ごした!?」
「え、わかんないけど。何か見たいテレビあったのぉ?」
テレビなんてどうだっていいんだ!
世の中にはもっと大切な尻があるんだ!!
「お兄ちゃん、もう一回お風呂入ってきなよ!」
「な、何でぇ?」
最近の私は弛んどる。
ここ数日、遊び疲れてはお兄ちゃんの脱衣シーンを見逃し続けている。
今日という日は二度とやってこない。
今日というお兄ちゃんも二度と戻らない。
自分専用のデジカメを持たない今は、一日一日の成長を丁寧に網膜に焼き付け、
脳内メモリーに蓄積していかねば。
お兄ちゃんの出汁がきいたお風呂の中で、私はそうケツ意を新たにした。




