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涙の理由。


「はぁー……」 


 『よりどり4枚¥990円(税込み)』の札が掛かったワゴンの前で、

 パンツをくるくるひっくり返してはお兄ちゃんが溜息を吐く。


「ボクもこういうのがいいよぉー」


 それは私が普段はいてるお安いお子様おパンツだよお兄ちゃん。

 大きな布地から裁断、大量生産された細かいうさぎさん柄やお星さま柄からはこだわりというものを感じられない。


 プリントパンツを掲げるお兄ちゃんを私の隣で見ていた花咲が、あのさぁとぼんやり声をあげる。


「そもそもセイラがここで下着を物色してること自体に問題はないのか?」


「あるの?」


「訊くの?」


 お兄ちゃんが前開きのブリーフはいてる姿なんて……許せないよ!


「花咲はいつも下着とか自分で買ってるの?」


「通販サイトのお気に入りに登録しておいたら、父ちゃんがその都度買ってくれてる」


「そっか。でもそういうのってさ、いつまでもってわけにはいかないよね」


「何で?」


 訊くの?


「いや、お父さんにそういうの知られるのってさ、もうなんかあれじゃない?」


「あれって?」


「ほら、もう一緒にお風呂とか入らないじゃない?」


「へ?」


 あら?


「だって日曜って、親子でお風呂に入るための休みだろ?」


 そんな、「地球は水と緑の惑星です」みたいな言い方をされても困る。


「ああ……そっか。花咲ん家は、うん、いや、ほら、うち、親いないからその辺よくわかんないや。へへへ……」


「でも兄ちゃん達は家の風呂が狭いからって、最近一緒に入りたがらないんだよなぁ」


 男所帯って大変だなぁ。

 ってか、花咲のお父さんいつか娘にブチ切れられるよ?


「セリカもセイラと風呂に入るだろ?」


「え?」


 ドラゴンボールいくつで叶うのそれ?


 そのあとも色んな店を冷やかしているうちに、日も傾き始める。

 帰る前に小腹を満たしに一階のフードコートへ。

 私はたこ焼きをカウンターで受け取ると、二人にキープしてもらっていたテーブルに向かう。

 しかし、そこにはお兄ちゃんの姿がない。


「あれ、お兄ちゃんは?」


「水汲んできてくれるって」


 それを聞いた私は大きく息を吸うと、それを全部吐き切ってあきれて見せる。


「……ねえ」


「ん?」


「何で?」


「え?」


「何で花咲はそうなの?」


「そうって何がだよ」


「何がって、」


 カッカッカッコロコロコロー。


 遠くで複数のプラスチックコップが床を撥ねる音が聞こえる。

 手後れだった。

 フードコート中の視線が交わる先には、水の入ったコップをド派手にぶちまけて、あわあわとテンパってるお兄ちゃんがいるわけで。


「ああいうことだよ」


「……すまん」


 コップ一杯の水を両手で運んでもこぼしまくるお兄ちゃんが、

 他人の分まで持ってこれるわけがないのだ。


 お兄ちゃんの覆水イベントがひと段落したところで、

 ひと舟のたこ焼きを三人でつつきながら花咲に訊く。


「どうだった今日?」


「うん。楽しかった。普段家族でしかこういうところ来ないから、何か友達同士で来るのって新鮮だなぁって思ってさ……って……おい!」


 ぼんやり感想を述べていた花咲が、急にその目を見開く。


「セイラ、どうした!」


 花咲の声に隣に座るお兄ちゃんの方を見ると、熱々のたこ焼きを解体する手を止めてうるうる涙ぐんでいた。

 私はそんなお兄ちゃんの気持ちを察すると優しく声をかける。


「ね? 言ったでしょお兄ちゃん」


 私の言葉にこくこくと頷くお兄ちゃんを見て、花咲はさらにわからんといった感じで訊いてくる。


「どういうことだよ? あたし、何か悪いことしたか?」


 今度はふるふる首を横に振るお兄ちゃん。

 胸が詰まって言葉が出てこない様子のお兄ちゃんに代わって、私が説明する。


「お兄ちゃんはね、ずっと花咲が友達と思ってくれてるか不安だったんだよ」


「はあ? んなの確認するまでもないだろ。すでに散々世話になってるし、今日だって……」


「私もそう言ったんだけどね。花咲さ、前に給食のときに言ったでしょ『友達になるかどうか考えてやらんこともない』って」


「え、ああ、言った……かな?」


「お兄ちゃんの中ではそのときに言われたままでずっと止まってたんだよね?」


 私がそう話を振るとお兄ちゃんは、こく、こくと二度に分けて頷いた。


 友達なんていうのはそこに深い浅いの違いはあるものの、いつの間にかなってるもので、あえて「私たちって友達だよね」なんて確認を取るものでもない。

 ただ、そうなる前に拒絶されたり、違う好意を持たれたりという経験しかしてこなかったお兄ちゃんには、「なにが」「どこまで」「どうなったら」友達と思っていいのかわからなかったのだ。


「それが今初めて、花咲の口から『友達』って言葉が出たんで、びっくりしたってわけ」


「いや、そうか……なんかごめんな」


 花咲はそう言って申し訳なさそうに頭を掻くと、笑顔で仕切り直す。


「セイラ、あたしとお前は友達……いや、親友だ」


 そんな恥ずかしいことを花咲に正面切って言われ、とうとうお兄ちゃんの目からぶわっと涙が溢れる。


「ボ、ボクぅ……もう死んでもいいよぉー」


「いや、死なんでくれ」


「花咲さん、ボクのたこ焼き食べていいよぉ」


「それはあたしの古傷が痛むから勘弁してくれ。ってか、もう花咲さんはやめよう」


「ふぇ?」


「下の名前で呼んでくれ」


 またこいつは、そんな河原臭がすることをキラキラと……。


「ふぇぇぇ! 無理だよぉ! とんでもないよぉ!」


「いいから」


 花咲に促されて、お兄ちゃんがおずおずと口を開く。


「あ、うぅ……ミ、ミチル……さん」


「よ、呼び捨てでいいよ」


「じゃあ、ミチル……ちゃん?」


「うぉ! なんかそれ同級生に呼ばれるとものすごく恥ずい!」


「ご、ごめん! ボクもなんか恥ずかしいよぉ!」


 見てるこっちが一番恥ずかしい。

 そのまま二人ともわーわーと落としどころが見つからず、結局は今まで通りの『花咲さん』で落ち着いたところで私達は家路についた。


 帰りは電車に乗り、地元駅の改札を抜けてしばらく歩いたところで花咲と別れた。

 するとお兄ちゃんは抑えていたものがパンッとはじけように、夕暮れの中、アルプスの少女よろしくくるくると回って、走って、こけて、笑った。


 そりゃもう、どっか壊れちゃったんじゃないかとちょっと心配なくらいに。


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