ファイナルファンタジー。
「お兄ちゃん、それどうしたの?」
エスカレーターを二階へとあがって振り向くと、
いつの間にかお兄ちゃんの手に風船が握られていた。
「さっき、もらったんだよぉ」
今日のお召し物の花柄のドレスジャンパースカートとピンク色の風船の組み合わせはもう犯罪だよ! 可愛いすぎ罪だよ! お花の手錠で逮捕しちゃうゾ! ああ、もうどうやったってかわいいなこの子は!
ちなみに、これらの感想は決して妹の欲目というわけではない。
花咲が私の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
学校ではオレオレな花咲もここでは借りてきた猫とまではいかないが、着ている服のせいもあってか、男前度三十パーセントダウンセール開催中って感じだ。
「な、なあ、何かさっきから写真撮られまくってる気がするんだけど……」
すでに老若男女問わず、遠慮のなしに携帯のカメラがこちらに向けられている。
「お兄ちゃんと外に出かけるということは、こういうことだ。恐かったら手で目元隠しとけ」
「お前はいいのか?」
そう言いつつすでに目元を隠している花咲。
「今更だよ。帰って、『イオン 金髪美少女』で画像検索してみ。『隣りの子も結構かわいい』というオプション情報付きで恐いほど私の写真も出てくるから」
「大変だなお前も」
にしても、このお兄ちゃんはあまりに刺激が強すぎる。
ファンシー超えてファンタジーの域だ。
今にも手に持った風船でお空に舞い上げっていきそうだよ。
「どうしたのぉー?」
だから迂闊に小首とか傾げんじゃないって。
このかわいこちゃんめ!
「花咲、その紙袋貸して」
「え、ああ」
花咲の着替えた服が入っている紙袋から中を取り出すと、それをお兄ちゃんの頭にズボッとかぶせる。
「うぉっ、ひどいな!」
「これぐらいやんないと、あとあと面倒なことになんの。前に警備の人に連れてかれて、お姉ちゃんまで呼び出されたことがあったんだから」
「マジか?」
例えお兄ちゃんのかわいさが罪だとしても、実際に捕まるのはごめんだ。
「セリカちゃーん、なんにも見えないよぉー……」
「見えないことで見えてくるものもあるから、ちょっと我慢して」
「言ってる意味が全然わかんないよぉー……」
紙袋をかぶったお兄ちゃんの手を引いて階段の踊り場へと避難する。
こういう所は皆エスカレーターでの階移動が基本なので、階段にはほとんど人は来ない。
少し落ち着いたところで花咲が、なあと訊いてくる。
「普段さぁ、女子ってどんな所行くんだ?」
「女子っていうか、基本買い物はお兄ちゃんとばっかりだしね。ってかお兄ちゃん友達いないしね」
「うぅー、絶賛募集中だよぉー」
それは誰が誰を絶賛してるんだ?
あともう紙袋取っていいよ?
「そ、そういえばさ、あの、プ、プリ、プリッ……クラとかは、その、撮ったりしない……のか?」
さり気なく切り出しているつもりの花咲の不器用さが痛々しい。
「まあ、たまに撮るけど? それが?」
「あ、いや、別に」
こいつめんどくさいな。
「じゃあ、次はアロマグッズの試供品でも試しにいくかぁ」
「その、プ、プリクラってさぁ……」
「何だ花咲、さっきからプリクラプリクラって、プリクラ撮りたいのか?」
「と、撮りたいとは言ってないだろ! 撮ったりしないのかって訊いただけだ!」
「ボク、花咲さんと撮りたいなぁ」
ようやく紙袋を脱いだお兄ちゃんの両の瞳にはそれぞれ、『わく』『わく』と書かれてある。
「見習え花咲、この平和の象徴のような純粋さを」
「お、俺も……」
「そんな格好して俺って言わない。台無し」
「あ、あた、あたしも、プ、プリ、クラ撮り、たい、わ」
「お前は在日何年だ?」
「花咲さん、ゆっくり。ゆっくりでいいんだよぉ」
「そう言うお兄ちゃんはいつまでその風船持ってるつもりなの?」
「え、ダメなの……」
「ダ、ダメ……じゃないけど」
何でそんな雨の中捨てられた生後間もない子猫のような目をするんだよ。
罪悪感で胸が押しつぶされそうだよ!
これ以上つぶれたら私の胸陥没しちゃうよ!
「とりあえず花咲に持ってもらっ」
「やだよ恥ずかしい」
……こいつっ。
「風船は……恥ずかしぃ……?」
ダメだ。お兄ちゃんの大切ななにかが壊れちゃうよ!
「恥ずかしくないよ! 全っ然恥ずかしくない! 全然あり! 花咲は生まれもった感性がひとよりダサいからわかんないだけなんだよ」
「感性が……ダサい……?」
今度はこっちか……。
「いや、ほら、ダサいってのは言葉のあやだ。しかし風船も恥ずかしくない。ほら、ケースバイケースっていうの? いや、わかんないけど、だから、な?」
……なんだ、私もグダグダだぞ。




