にゃん。
ショッピングモールに着くと、まずは花咲を着替えさせるためにトイレに向かった。
お兄ちゃんはまだ若干車酔いが残っていたので、トイレ前スペースにあるベンチで待っててもらう。
私とお兄ちゃんのコーディネート通りの格好で個室から出て来た花咲は、「とりあえず装備した」といった感じだったので、手直しを入れる。
シンプルめのグレーのドレスには黒いボレロを合わせ、足元はレース付きの白いハイソックスにリボンの付いたエナメル靴。
あとは髪を少しいじってやると、花咲の秘めたる女子力が解放される。
今日は少し、かわいこちゃん寄りな格好だ。
「お待たせ、お兄ちゃ……」
花咲を連れてトイレから出ると、外で待たせていたお兄ちゃんの姿が見当たらない。
「お兄ちゃんがいない……やばい」
「トイレじゃないのか?」
そう言って花咲が男子トイレの方をさす。
「お兄ちゃんがそっちに入るわけないでしょ!」
「それもそうか」
「探さなきゃ……」
「その内戻ってくるだろ?」
「知らない誰かについていったのかも……」
「いや、いくらセイラでも、さすがに小五にもなって」
「『お譲ちゃん、おじさん向こうの方でサイフ落としちゃったんだけど一緒に探してくれないかな? ゲヒッ』」
「ダメだ。絶対着いてく……」
「実際、前に何度か声かけられたことあるんだよね……」
「マジか? ど、どうすんだよ!」
「あれだけ特徴の塊だと、迷子アナウンス流してもらえば一発だから、私インフォメーションコーナーに行ってくる。とりあえず花咲はそこら辺探してみて」
そう言って、二手に分かれようとしたところを花咲に袖を引っ張られる。
――あ、いた。
「おーい、セイ――」
私は、お兄ちゃんを呼ぼうとした花咲の口を慌てて塞ぐ。
お兄ちゃんはペットショップのガラスケージに張り付いて子猫を眺めていた。
なに、あの組み合わせ? 超かわいい!
キティちゃんも、次お兄ちゃんとコラボしたらいいよ。
「すみません。あれも売り物ですか?」
「お前ん家の兄貴だろ」
「じゃあ、私のものだ」
「それは知らんが」
よくよく観察していると、お兄ちゃんはゲージの前で時折首を傾げたり頷いたりしている。
……な、何してんの?
まさか……まさか……ええー!
私の中で期待がムクムクと膨れ上がり、喉から「うひゃー」と飛び出しそうになる。
私はそれを必死でこらえて、お兄ちゃんに気付かれないように背後からそっと近付いて耳をすませる。
にゃん。
にゃにゃん。
にゃん?
にゃにゃーん!!
にゃーにゃーにゃにゃー♪
ネコと、ネコと喋ってる……。
もうこのまま子猫ごと手持ちケージに詰めて持って帰って、抱きしめて、ご飯あげて、お風呂に入れて、耳付けて、それからそれから……あー、もー、シルバニアファミリー!!
お兄ちゃんは小さな声だから聞こえないだろうと思っているのか、完全にネコとの会話に夢中のご様子で、私達が真後ろに立っても全く気付く様子はない。
「ゼッタイ持って帰る。ゼッタイだ!」
「ネコはともかく、兄貴は忘れず持って帰れ」
「あーーーもう! 花咲……私鼻血出てない?」
「いや……大丈夫だけど」
「今日ずっとこれ眺めてていい?」
「それはちょっと……」
その後、退屈し始めた花咲が袖を引っ張るのを何度もいなしながら、十分ほどしたところで、ゴキゲンなお兄ちゃんが振り向いた。
「にゃんにゃんにゃぷするぷっ……!」
あ、噛んだ。
私達と真正面で顔を合わせたお兄ちゃんは、今更何がしたいのか慌てた様子で私の目を両手で隠そうとしてくる。
もちろん、そんなものは赤子の手を捻るより容易く防げてしまう。
私に両手首を掴まれ、「んーんー!」と言葉にならない様子で、涙目でもがくお兄ちゃん。
その抵抗がまたあまりにもか弱すぎて、見ていてゾクゾクしてくる。
このまま押し倒すのは赤子のおしめを替えるより容易い。
ってか、お兄ちゃんのおしめなら喜んで替えたい。
やばい、マジ鼻血出るわ。
逆らったところでどうにもならないと判断した金髪にゃんこちゃんは、ぷるぷると羞恥に震え、上目遣いで私の顔を窺いながら口を開く。
「み、み……」
「見てた」
「い、い……」
「十分前ぐらいから」
「は、は……」
「花咲も見てた」
「ち、ち……」
「どう違うの?」
「もぉー! 違うんだよぉ~! これは違うんだよぉ~!」
言い逃れのしようがないのに、真っ赤になってがむしゃらに弁解するお兄ちゃん。
その細い首筋を見ながら、ここにリードを繋いでこのまま外のテラスをのんびり散歩もいいなぁと思った。
わんわん。




