闇の探求者。
家に帰り、二階の部屋にランドセルを降ろすと、下のリビングに降りてお茶をいれる。
しばらくすると部屋着に着替えたお兄ちゃんが、分厚めの本を両手で抱えて降りてきた。
その姿を見て、私は脳が分泌させた大量の唾液でごくりと喉を鳴らす。
膝上まであるダボダボのニットセータ一枚というお兄ちゃんのサービスショットに、
今日こそ一線を越えるかどうか脳内会議が開かれる。
会議出席者は『妹としての私』『小学生としての私』『淑女としての私』。
通称『妹議システム』。
妹「やりたい」
小「やろうよ」
淑「あんな格好してる方が悪い」
話し合いの結果、僅差で一線を越えてもいいというジャッジがくだされるも、
臆病な私は結局今日も見てるだけ。
お兄ちゃんはリビングの隅に腰を下ろすと、ゲージの中の白いウサギに向かって、
「ユキさん、ただいまー」と声をかけながら、エサを与えた。
その何とも微笑ましい光景に、心が和む。
お兄ちゃんが私の手からエサを食べる絵を連想してさらに和む。
ソファに座るとお兄ちゃんは、本に目を落としながらニットがずれ落ちる度に肩にかけ直す。
その度に、鎖骨から二の腕にかけての素敵ラインがするりとお目見えする。
最高の瞬間を何度でも。
「お兄ちゃん、何読んでんの?」
「えと、鏡の国のアリスだよぉ」
何ともお兄ちゃんにぴったりな本だった。
そしてそんなお兄ちゃんの将来の夢は絵本作家になることで、
これまたぴったりだと私は思っている。
そんなことはさておき、その昔、上を向いて歩こうなんて歌った人がいたらしいが、
そんな上ばかり見ていてはダメだ。
ちゃんと下も見なきゃ。
向かいのソファに浅く腰かけて、膝の上で本を開いているお兄ちゃんは、その腿の付け根も際どい。
あの本と両腿の三角形の暗闇の奥には何があるのか? 何色なのか?
小学生ならではの抑えきれない探究心がふつふつと湧いてくると、
私は流れるような所作でローテーブルの下にスプーンを落とす。
「あ、っと、スプーンが落ちちゃったよ。いかんいかん」
私はスプーンを拾うべくローテーブルの下に潜る。
今のは自分でも驚くほどナチュラルな演技だった。
これならハリウッドからいつオファーが来たとしても即対応できる。
私はテーブルの下からお兄ちゃんが読書に夢中なのを確認し、
デルタゾーンの闇へ向かってゆっくり顔を近づける。
しかし闇は思いの他深く、奥まで見通すには外からの光量が圧倒的に足りない。
ってか、お兄ちゃんもう少し足開いて。
しかし、幸福というのは自分から手を伸ばすと、遠ざかっていくものだ。
「ただいまー」
玄関からの声に、秘密の花園まであと少しのところでお兄ちゃんが立ちあがってしまう。
うっかりそれを追おうとした私は、ローテーブルの天板にしこたま頭を打ちつけた。
ぎゃふん。