先っちょだけ。
その晩は花咲を加えて四人でテーブルを囲んだ。
いつも雑誌だ何だとちょっとした物を置くだけのイスに誰かが座っていると、私たち姉妹のテンションも自然とあがり、いつも以上に口数が増える。
赤飯以外に、テーブルの真ん中には盛りだくさんのエビフライに唐揚げ、ハンバーグ、シチュー、シーザーサラダ。
そしてなぜかカレーが並べられている。
はしゃぎ過ぎだよお姉ちゃん……。
そのお姉ちゃんはと言うと、女の子であることを知ってから花咲を見る目がすっかり変わった。
あれはケダモノの目だ。
先ほどからお姉ちゃんは、自分の隣りに座っている花咲が真ん中の大皿に箸を伸ばす度に、体をずらして背後から髪のにおいを嗅ごうとしている。
何考えてんだあの人。
そんな中、「ねえねえ~」とお兄ちゃんがのんびりと話を切りだす。
「今日って花咲さんお誕生日なのぉ?」と。
世のご家庭はこういう無邪気な質問どうしてる?
うちの場合はね、
「セイラもその内、お赤飯炊いてあげるからね」
と頭のおかしな姉が言うんだよ。
そんな日絶対来ねぇよ!
それより私はスルーかよ!!
食事が終わり、「そろそろ……」と言う花咲を我が家の変質者が引きとめたため、賑やかしにテレビをつけながら雑談タイム。
ピッタリ花咲の横にくっついては、とうとうその髪を撫で始めた姉。
そこに潜む下心に気付く様子もなく、嬉しそうに話をする花咲。
別にそこまでならいいんだけど、隙を見ては髪を撫でた手のにおいを嗅いでる姉の姿には泣きそうになる。
「ミチルちゃんはどうしてそんな男の子みたいな格好なの?」
不意に訊ねたお姉ちゃんのその言葉に、花咲の表情が曇る。
今日の花咲の格好はチェックのシャツに下はカーゴパンツと、
男子としてはそこそこおしゃれな方だと思う。
まあ、顔がいいと何着てもそれなりに見えるもんだけど。
「これは兄たちのおさがりなんです。うちは上の兄もアルバイトして家にお金入れてるぐらいなので、そういうところで負担かけたくなくって……あたしが男物で満足していれば父も安心してくれるし」
おそらくそれが花咲が男子として学校に通う理由となっているんだろう。
女子としてオシャレができず惨めな思いをするよりも、男物を着て男子として溶け込む方が楽だ。
また、花咲のずば抜けた運動能力はそうやって生きるにはもってこいだった。
花咲は黙って話を聞いている私たちに気付くと、パッと明るい表情をつくって、おどけたように続ける。
「あ、でもでも、それだけじゃなくって、どうせあたしには女子の服なんて似合わな――」
その後も続きそうな花咲の言葉は、うちの姉のお姫様抱っこにより断ち切られる。
「が、我慢できん」
そう言うと、お姉ちゃんはそのまま二階への階段を駆け上がる。
そしてお兄ちゃんの部屋に入り、ドレッサーの前に花咲を座らせると、お姉ちゃんは霧吹きでその髪を湿らせる。
「ミチルちゃん、ちょっとだけ毛先切っていい?」
「え?」
「いいよね。先っちょだけだからさ。本当、先っちょだけだから。いいよね。いいって言って」
鏡越しに、瞳孔開きっぱなしの目でそんなセリフを吐くお姉ちゃん。
その右手にはすでにシャギーばさみが握られていて、
そんな状況で花咲に頷く以外の選択ができるはずもない。
「二人とも、一階の在庫部屋からN‐10~12のケース持って上がってきて」
お姉ちゃんが花咲の髪をつまみながら私たちに指示を出す。
「N?」
「N」
私がオウム返しに訊ねるも、そのまま送り返された。
うちは在庫管理する際にサイズ以外に、モデル有りと無しで振り分ける。
商品番号が『N』から始まるのは、『No Model』の意味で、
私とお兄ちゃんが実際に着て写真を撮らなかった服のことを示す。
それらの服の多くは中学生向けで、私達が着ると体型的にどうしても『背伸びしてる』感が出てしまうからだ。
なのでこれらはカタログ等に載せる際にもトルソー(マネキンの首のない親戚みたいなの)に着せての撮影となる。
なるへそ納得。
前回の改造計画で、私やお兄ちゃんの服を花咲に着せたときの違和感の謎が解けた。
私達より身長があり、手足の長い花咲の体はすでに小学生ばなれしていたのだ。
これは……楽しすぎる。
お兄ちゃんの方を見ると、こちらもすでにおしゃれモードで目がギラギラしている。
もちろん私もギラギラ。
お姉ちゃんだけはハァハァしている。