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祝。

今回区切りにくくて、ちょっと長いです……。

すみませんが我慢してお付き合いください……。

 

 あくる週の祝日。


 再びうちに来た花咲は、お兄ちゃんとローテーブルに向かい合って勉強をしている。

 ちなみに私と同じで、お兄ちゃんも五年生で習う勉強は自主的に修了している。

 特にお兄ちゃんに至っては友達がいないので、すでに六年生の教材を買って勉強を始めていたりする。

 そんななので正確には花咲と一緒に勉強しているのではなく、

 お兄ちゃんが花咲に勉強を教えているという状況だ。


「この平行四辺形の面積はねぇー」


「え、何? 花咲、また平行四辺形の面積の求め方訊いてんの?」


 私がベッドの上で漫画一冊を読んでいる間に、すでに三回は同じことをお兄ちゃんは説明している。


「セリカには訊いてねぇし、何でお前がいんだよ」


「いや、何か間違いがあってはいけないと思って」


「どんな間違いだよ……」


「だって、こんな美少女と二人っきりなんてムラムラしちゃうでしょ?」


「しねぇよ」


「私はする!」


「おい」


 そんな私たちのやりとりを、あははと笑っているお兄ちゃん。

 今、あんたの話してんだよ?


「しっかし花咲って何でもできるモテ男君だと思ってたけど、ただの運動バカだったんだね」


「セリカちゃん!」


 お兄ちゃんにたしなめられるも私は続ける。


「だってさっきからお兄ちゃんに何回同じこと説明させんの? ちゃんとやる気あんの?」


「いいのぉ、何回訊いてもぉ!」


「だって今ので三回目だよ? 時間の無駄だって」


「セリカちゃんが気にしなきゃいいでしょー。邪魔するなら出てってよぉ」


 何だ、今日はちょっと強気じゃないか。


「花咲さん、気にしなくていいよぉ」


 お兄ちゃんにそう言われた花咲は、一度だけ頷くもそのまま何かを堪えるように顔を伏せる。

 今日うちに来てから、花咲はちょこちょことこういった様子を見せている。


「ほらぁ、セリカちゃんが酷いこと言うからだよぉ!」


「何でお兄ちゃんは花咲のことになるとそんなに私に厳しくすんのよ!」


「なっ! 何言ってるんだよぉー! 別にそんな……ななって、ななってないよぉー! バカー!!」


 言うんじゃなかった……。

 「ななって」って何だよ。

 お兄ちゃんのそんなあからさまな反応に、私の気持ちはぷつぷつ泡立つばかりで、珍しく兄妹で言い合いになる。

 そんな中、花咲が手をあげてそれを制止する。


「ち、違う。別に落ち込んでるとかじゃないから。変な勘違いすんな」


 花咲はそう言うと、「ちょっとトイレ借りるな」と立ち上がった。


「またトイレか。さっきからトイレばっかじゃん。トイレ行って覚えたもん全部出してんの?」


「……ごめん。やっぱ俺今日はもう帰るわ」


 私の言葉に花咲は立ちあがってそう言った。

 あれ? こいつこんな打たれ弱かったっけ?


「待ってよぉ。まだ一時間も経ってないよぉ。花咲さんはここにいていいんだよ? ずっといていいからね? セリカちゃん! セリカちゃんは退場ぉ!!」


 もう、カチンと来た。


「だって本当のことじゃない。さっきからトイレトイレって!」


「そんなのお腹の調子が悪い時なんて誰だってあるよぉ! トイレ行って出すもの出さないと治らないでしょー!!」


 お兄ちゃんの必死の弁護に、みるみる顔を赤くする花咲。


「いや、ホント関係ないから。俺のことは気にしないでくれ」


 そう言った花咲は、さっきからずっと中腰の姿勢を保っている。


 …………あれ?

 もしかして。


「花咲、ちょっと」


 私は花咲を部屋の外へと呼びだし、お兄ちゃんに聞こえないように花咲の耳元でひとつ確認すると、少し間を置いてこくりと小さく頷いた。

ったく、早く言えっての!


「セリカちゃん、花咲さんに意地悪しちゃダメだよぉ」


「ごめん、お兄ちゃん。お姉ちゃん呼んできて」


「何で?」


「なーんでーも! すぐ! マッハで!」


「何で!?」


 もー、めんどくさいなぁー。


「お兄ちゃんの秘密、今ここで叫ぶよ?」


「え、秘密……秘密ってボクのおでこに」


「いいから早く!」


「わ、わかったよぉ」


 そう返事をすると、お兄ちゃんなりのマッハでぱたぱたと一階に降りていった。


 何なんだ。

 お兄ちゃんのおでこに何なんだ……聞いとけばよかった。

 

 花咲をトイレに行かせてる間に、私は二階にあがってきたお姉ちゃんに耳打ちをする。

 最初に花咲の性別について説明するとお姉ちゃんは少し驚いたものの、

 あとのことについては、ひと言「わかった」と頷いただけだった。


「え、何? 花咲さんどうしたのぉ?」


 傍で声をあげるお兄ちゃんを見て、こんなにかわいいのにやっぱり男の子なんだなぁとしみじみと実感する。


 お姉ちゃんはどこからか千円札を取り出すと、


「セイラ、今からお遣い行って欲しいんだけど」


「え、どうしてぇ?」


「いいから。今から駅前のヨーカ堂行ってあずきの水煮の缶詰ともち米一キロ買ってきて」


「え、えとえと……わかったよぉ。じゃあ笹原商店であずきと……」


 お兄ちゃんが機転をきかせて、家から近い方の個人商店の名前を出すと、


「セイラ。お姉ちゃん、今笹原商店って言った?」


「言ってない」


「だよね? セイラは今からどうするのかな?」


「あずきのみ、みみず……」


「水煮」


「水煮の、缶詰と、もち米を買ってきます。ヨーカ堂で」


 すごい。

 つっかえながらもお兄ちゃんがきびきびと答えている。

 さすがのお兄ちゃんも、終始温度を感じさせないお姉ちゃんの笑顔に何かを悟ったらしい。


「で、セリカは今からメモ書くから、そこの薬局をお願いね」


 お姉ちゃんの指示に私がわかったと頷くと、


「え、じゃあ、ボクがついでにそれも買ってく――」


「お兄ちゃん、今だけは読もう。空気。薬局に行くのは私。ヨーカ堂に行くのはお兄ちゃん。オケ?」


「お、おけぇ」


 悪い子じゃないんです。

 ただ良い子過ぎるだけなんです。


 慌てて階段を下りて行こうとするお兄ちゃんに、お姉ちゃんが「セイラ!」と大きな声で呼び止める。


「はい……」


 もう完全に怒られモードのお兄ちゃん。

 しゅんとした様子で振り返ったその目には薄ら涙が浮かんでいる。


「ゆっくり。歩いて。気をつけて。ね?」


「うん。あ、あと、あずきはどれぐらい……」


「こういう場合、買えるだけ買ってくればいいんじゃないかなぁ?」


「はい……」


 お姉ちゃんの苛立った声に、しょぼしょぼとドアを開けて出ていくお兄ちゃん。

 その背中が不憫でならない……。


 薬局は小さい頃からよく知ったおばちゃんがいるので、お姉ちゃんに書いてもらったメモを渡すと、「え、あ、セリカちゃん。そうなの? おめでとう」と言われる。

 私じゃないけど……と出かけたけど、どうせじきにお世話になるしと思って、「どうも」とだけ返事をした。


 薬局から戻り色々落ち着くと、お姉ちゃんは私にお湯を沸かして紅茶を入れるように伝え、それから花咲をソファーに座らせた。

「びっくりしたね」「大丈夫だよ」とお姉ちゃんがやさしく花咲に声をかける。


 三人分の紅茶を入れ、ローテーブルに並べる。

 花咲がミルクを入れたそれを何口か啜ったところで、お姉ちゃんが花咲にお母さんは今家にいるのかと訊ねる。


 すると、花咲はまず自分の家が父子家庭だということ。

 祝日の今日も父親は仕事で帰りが遅いこと。

 他に中一、高一の兄がいることなどを細切れに話した。

 お姉ちゃんに敬語で話し、シャワーあがりで毛先までしっとり濡れている花咲は完全完璧に女の子だった。


 それからお姉ちゃんは一通り話を聞くと、花咲に自分の家に電話をかけさせた。


「上の方の兄です」


 花咲が子機の通話口を押さえてそう言うと、お姉ちゃんに手渡した。

 お姉ちゃんはあえて事情は説明せずに、


「今日、ミチルちゃんうちでお赤飯食べて帰るので少し遅くなりますけど、ちゃんと家まで送りますので」と伝えた。


 受話器の向こうからは少しだけ間が空いて、


「あぁ、えと……何かすみません。うち男所帯なんでそういうの全然あれでして」などの察した声が漏れ聞こえてくる。


 電話が終わったころに、想定以上の遅さでお兄ちゃんが買い物から帰って来た。


「セイラ、遅過ぎ」


「……ごめんなさい」


 お姉ちゃんがゆっくり行ってこいと言ったのに、理不尽に責められるお兄ちゃん。


 おそらくお兄ちゃんの頭の中は、今日は何なんだろうと大混乱だろう。

 ……今日だけだから、我慢してね。


 お姉ちゃんはお兄ちゃんから買い物袋を受け取ると、蒸し器を使って大量の赤飯を炊き始める。

 その隣りで恥ずかしそうにレタスをちぎってサラダ作りを手伝う花咲に対して、

 お姉ちゃんは気持ち悪いぐらいニコニコしていた。

 あとソワソワしていた。

 頼むからどうかよそ様の子には手を出さないでください。


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