ピチレモン。
土曜日の陽が傾き始める時間。
毎週読んでる漫画雑誌を買いにぶらりと本屋に行くと、花咲が立ち読みしていた。
私はそれがすぐには花咲だとはわからなかった。
まず最初に女性雑誌売り場に男子児童がいるので何かと思う。
しかもそんなに寒くもないのに不自然にマフラーを口元まで巻いていたりすると、
こいつ万引きでもするのかと余計に注目してしまう。
で、注目してみたら希に見るイケメン。
何だ花咲じゃんか。
という流れだ。
その花咲が手にしている雑誌は女の子向けのローティーン雑誌だった。
「何か面白いの載ってる?」
後ろから耳元でそっと声をかけてやると、想像以上に花咲が狼狽する。
「お、違っ、え、その、俺、あ、誰? 花咲?」
「自分から名乗ってどうする。いいわけするつもりならもっときっちり準備しときなよ」
「いや、これは違うんだ。ジャンプ買おうと思ったら、その、何か間違えた。びっくりした」
「……もうどこから突っ込んでいいのかわかんないけど、とりあえずジャンプはいつからそんなに薄くなったんだ」
その表紙のどこからも友情や努力や勝利といったものが伝わってこない。
中学生モデルの安い笑顔に『彼氏がゼッタイできる方法30』という見出しが貼りついた、ピチというよりビッチな感じの柑橘類の名前がついた雑誌だ。
花咲はまだひとりでテンパりながら、なぜかいいわけのようなものを一生懸命に吐きだし続ける。
「じゃあ、あ、あれだ。その、妹に頼まれ……て……」
「もういいか?」
「うん……」
花咲を近くの公園に連れていくと、ベンチの上の落ち葉を払いのけ、そこに並んで座る。
しばしの空白の間。
私がなにから話していいものかとぼんやり考えていると、花咲の方から先に口を開いた。
「おかしいか」
「何が?」
「だから……その、俺がああいう雑誌読んでたら」
「だから何が?」
「だから……」
「だから、どこがどうおかしい!?」
少し強めに返すと、花咲はまた黙りこくる。
足元の落ち葉が風に煽られ、私のショートブーツの上に乗っかり、また次の風でカサカサと流れていく。
私は視線を遠くのカエルの遊具に貼り付けたままつぶやく。
「女の子がかわいくなりたいと思うことのどこに不思議がある?」
「でも俺は……かわいくない」
そう言って、花咲はスニーカーの爪先で茶色く枯れた落ち葉をさくさくと潰す。
イライラする。
そして、これって傍から見たら恋人同士に見えちゃうかもしれない……。
「いい? あんたがかわいくないていうんなら、あんたんところのクラスの女子……いや、学年の女子の99.9パーセントは皆ドブスだよ? ちなみに残り0.1パーは私とお兄ちゃんね。そこは譲らん」
「そんな気休めはいい。俺は小さいころからずっと男みたいだって言われてきたんだ」
「あーもー……あんたって思ってたより女々しいなあ。男だったら引っぱたいてるわ。いい? それはあんたが男として振舞ってたからそう見えただけ。小さい頃って、いったい何時代の話だよ。こないだ階段のとこで見たあんたの顔は間違いなく女の子、しかも飛びっきりの美少女だったよ!」
何で私がここまで言わにゃならんのだ。
しばらく私の顔をぽかんと眺めていた花咲だったが、再び俯くと、
「そんなこと言われても、どういう顔していいかわかんないし」
そう言ってモジモジとする花咲。
「どういう顔って、そういう顔がかわいいんだよ」
「み、見んなよ!」
そう言うと花咲は両手で顔を隠してしまった。
え……何これ。
「花咲」
ん? と、顔を隠した指の隙間からこっちを窺う。
私は試すように呟く。
「かわいい」
「やめろやめろやめろ! 変になるぅ~!」
そう言うと、顔を隠したまま首を横に振って、イヤイヤをする花咲。
私はベンチから立ち上がり、花咲の正面に回ると、顔を覆うその手を一気に引き降ろした。
恥ずかしさのあまり頬を染め、薄ら溜めこんだ涙が夕陽できらきら輝く。
……やばい。
一瞬、ギュッとしたいとか思ってしまった。
「花咲、あんた明日何か用事ある?」
「明日は松岡達と――」
「よし、それ断れ」
「何でだよ」
「明日うちに来い」
「どうして?」
「私が女にしてやる」
「え……」
「いや、そういう意味じゃない」
「わ、わかってるよ」
「かわいくなりたいんだろ?」
「いや、俺は別にそこまで……」
私はそれまでずっと握りっぱなしでいた花咲の両手を降ろす。
「そっか。別にか。悪かったね時間取らせて。じゃあまた学校で」
そう言うと私はくるりと花咲に背を向け、公園の外へと歩き出す。
「……りたい」
私の背中にぽつりとした呟きが当たった。
「ん? 何か言った花咲?」
「なりたい」
「サッカー選手にか?」
「違う。だからその……」
「何になりたいんだ? ポケモンマスターか? 海賊王か?」
「かわ……いく……なりたい」
ちょっと。
私の胸。
勝手にキュンとするな。
「じゃ、じゃあ、明日迎えに来るから、一時にここね」
「う、うん。わかった」
そう言った花咲の柔らかい笑顔がこれまた眩しくて、変な気持ちになる前に私はそそくさとあとにした。