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天使はその踊り場で服を脱いだ。

「ちょっと話がある」


 その日登校するなり花咲にそう言われて、昨日と同じく屋上扉前へと着いていく。


「昨日は取り乱して悪かった」


「あ、ううん。ボクの方こそ、その……ごめんねぇ。は、花咲……君」


「でさぁ。俺、昨日あんな状態だったからそのまま忘れそうだったんだけど。『お兄ちゃん』ってなに?」


 ………………。


「何の話?」


「いや、昨日お兄ちゃん来ちゃダメとかなんとか、そこの踊り場んところで言ってたろ?」


 嫌な汗が止まらないよ。


「『お姉ちゃん』って言ってなかった?」


「いや、確かに『お兄ちゃん』だった」


「いやいや、そんなわけ――」


「花咲さん」


 私の言葉を遮ったのはもちろんウチの金髪かわいこちゃん。


「実はボク、男の子なんだよぉ……」


 お兄ちゃんはアニメだったら次週に引っ張るようなことを、一切の躊躇なく大発表した。


「ボクだけが花咲さんの秘密を知ってるってずるいから、だからこれでおあいこ」


 そういってにっこりほほ笑むお兄ちゃんに、花咲はしばらくポカンとしていたが、


「何がおあいこなんだよ! 適当なこといいやがって、俺のことバカにしてんのか!!」


 まあ当然だわな。

 こんな顔の男の子なんてありえない。

 普通は。


「で、でもボクぅ……本当なんだもん……」


「ふざけやがって。どこからどう見たって女だろうが」


 花咲そう言われて、「だけど」とか「でも」とか「あう」とか困惑していたお兄ちゃんだったけど、金色の小さな頭を抱えてしばらく何かを考えると、覚悟を決めたように顔をあげる。


「わかったよ」


 そう言うと、お兄ちゃんはレースのワンピースの裾をお姫様が挨拶するようにつまむと、ゆっくりとそれを引きあげていく。

 お兄ちゃんの白くてどこまでも細い陶器人形のような足が徐々に露わになっていく。


 ま、まさか……お兄ちゃん、そんな……。

 とうとう胸の位置まで裾をたくし上げると、お兄ちゃんは恥ずかしさを堪えるように唇を噛みこんで赤く染まった顔をそむける。

 ――正直、これ鼻血もんですわ。


 そしてそれを見た花咲は、


「……お前、何してんの?」と、予想通りの反応。


 正直、胸の成長なんて女子でもペタンコの子はまだいるし、

 いつも以上にフリルがたくさんついたお姫様パンツの下では、

 お兄ちゃんのあるかないかわからない代物の存在証明などできやしない。

 パンツのしわにすらなんないよ。


 何をどう証明するつもりだったのかは知らないが、さっきとは別の恥辱を味わうお兄ちゃん。


「は、はぶ、はぼ……」


 ありったけの勇気が完全に不意になり、今の気持ちを表す日本語が見つからないんだね。


「さあさあ、もういいでしょ? もうすぐチャイム鳴るし、教室戻ろうよ」


 私はいつまでもはぼはぼ言ってるお兄ちゃんの手を引いて階段を降りる。

 そのあとを少し遅れて花咲もついてくる。


 ところで奇跡って信じる?

 私は信じるよ。


 お兄ちゃんがおぼつかない足取りで踊り場まで降りた時、

 うわっ! という小さな悲鳴が後ろから聞こえた。


 ここでふたつの奇跡が起こった。

 運動神経の良い花咲が階段でつまづいたこと。

 そして、あのお兄ちゃんがそれにすぐに反応したこと。


 お兄ちゃんが階段の上に向かって両手を広げる。

 花咲を受け止めようというのだ。

 その思惑通り、お兄ちゃんの腕の中に飛び込む花咲。

 だけど腕力のないお兄ちゃん。

 華奢な肩からずるりと滑るレースワンピ。

 と、お姫様パンツ。


 ――踊り場の上にある明り取りの小窓から差し込む光が、その透き通るような白い肌という肌を余すことなく際立たせる。

 生まれたままのその姿は天使と呼ぶ以外に言葉が見つからない神秘的な輝きを放っていた。


 そして私もン年振りに見たけど、それはそれは慎ましやかなソレが、

 縮こまった状態で花咲の鼻先に出現していた。


 花咲もそれが自分の知識の中のそれと一致するのに時間がかかったのだろう。

 しばらく眺めた末に、騒ぐこともなく丁寧にお兄ちゃんのパンツを持ち上げてはかせる。


「ごめん。疑って悪かった」


 それだけ言うと、花咲は先に階段を下りていった。


 残されたお兄ちゃんはパンツ一丁で呆然自失。

 私はその胸にひっそりと備わった、決して膨らむことの無いふたつのつぼみをここぞとばかりに堪能したのだった。


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