背中かいてよ。
次の休み時間にお兄ちゃんの教室を訪ねると、この数十分の授業の間に頭の整理がついたらしく何かを回想しては顔を赤らめていた。
そんなデリシャスかわいいお兄ちゃんを眺めていると、
「ちょっといいか?」
後ろからかかった声に振り向く。
そこに立っているのはもちろん花咲。
教室を出ると、パーカーのポケットに手を突っ込んで前を歩く花咲の後を私とお兄ちゃんはついて歩く。
何の躊躇もなしに先ほどの屋上へと続く階段をあがっていく花咲。
お兄ちゃんの方を見ると、ますます顔を赤くして息も少し荒い。
階段を一番上までのぼり、屋上に通じる扉の前まで来ると、花咲は私達に背中を向けたままぼそりと呟いた。
「お前達言うんだろ」
「何のこと?」
すっとぼけてみる。
「さっき……見たことだよ」
「え、私達何も見てないよ? ねえセイラ」
「え、あ、うん。見てないし、誰にも言わないよぉ」
うん。一言余計だよ。
「望みはなんだ」
「望みぃ?」
「ただじゃないんだろ。黙っててもらうための交換条件だよ」
「そんなのないよぉ」
「ないことないだろ」
「そんなの必要ないよぉ」
「じゃあ言うんだな」
お兄ちゃんのどこまでも無垢な返答を素直に受け止められない花咲。
「……言う……ん……だ」
花咲は何かを堪えるようにぶるぶると震える。
怒ってるのか?
そう思った直後。
花咲は、両手で顔を押さえてしくしく泣き出してしまった。
しゃくりあげながら、花咲はこちらを振り返ると指の隙間から濡れた瞳で訴える。
「お、お願……言わ、言わないで。するから……何でもするから。じゃないとあたしもう学校行けない……」
「あたし」と言って泣く花咲の顔は完全に年頃の女子のもので、
どうして今まで気付かなかったのか不思議に思うぐらいだった。
「い、今までいじわるしてごめん。も、もうしないからぁ、もうしないからぁ、お願いだから言わないでよー……」
しくしく泣きから、わんわんと泣きへと移行する花咲。
このギャップでこの顔でこんなお願いなんて言われたらば、
そこらの男子なんてイチコロ――
「ボク、誰にも喋らないよぉ。花咲さんが女の子だって誰にも言わないよぉ」
そう言いながらお兄ちゃんは、顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ花咲を抱きしめる。
何これ。
何これ珍百景。
そんなこんながあった夜。
お風呂を済ませ、自分の部屋で宿題をしているところにドアがノックされる。
「セリカちゃん入っていい?」
「どうぞー」
……おっと。
我が家にもう一匹ウサギさんが増えたよ?
何だあの着ぐるみパジャマ。
シルバニアファミリーか。
お兄ちゃんはベッドに腰掛けると、勉強机の私と向き合う。
しかし何てうまそうなウサギなんだ。あれ絶対いい匂いするよ。
「で、どうしたの?」
「ああ、うん。何だか眠れなくって」
まだ八時だというのに、もう寝ようとしていたことに驚くよ。
「その、明日から花咲……さんとどうやって付き合っていこうかって思って」
「今まで通りでいいんじゃない? 学校では花咲君で」
「うん。ただボク……その、今日あんなことしちゃったから」
そう言って恥ずかしそうに俯くと、ウサギの耳がぺこりとお辞儀をする。
いちいちかわいくて何の話をしているのか忘れそうになるが、お兄ちゃんが言っているのは花咲を抱きしめたことだろう。
「いや、それは大丈夫でしょ。女の子が女の子を抱きしめる分には単なる友情ってことで」
「……あ、そっか。そうだよね」
今にして思えば、お兄ちゃんが女子の裸を見たぐらいで恥ずかしそうにすること自体妙な話だ。
んーむ。
「……ねえ、お兄ちゃん」
私は自分の着ていたパジャマの裾を掴むと、ぐぃっと引き上げてみせる。
私だって女子だ。わずかながらもそれなりに第二次成長期を迎えている。
パジャマの下は何も着ていない。
「……セリカちゃんどうしたの?」
自分でも何がやりたいんだと思う。
みるみる顔が熱くなっていく。
アホ過ぎて泣きそうだ。
「いや、えと……背中かいてよ……」
「いいよぉー」
まあ、兄妹だしな。
ただ、少しは慌ててくれるかなと思ったんだけどな。