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6〜不審者〜

(しかし、いつ起きるんだ……?)


すやすやと七瀬が寝息を立てて、かれこれ小一時間は経過したであろう。ベンチに座ったまま寝るのも楽な姿勢ではないだろうに、一向に起きる気配を見せない。平日にあくまで病欠扱いで学校を休んでるのに、この調子で大丈夫なんだろうか。


「………………って」

(寝言、か……?)


時折漏れる声に、若干眉間に寄る皺。無理な体勢で寝てるからなのか、はたまたあまりよくない夢でも見ているのだろうか。

このまま寝続けてもコンビニに迷惑を掛けるだろうし、そろそろ起こすべきだろうか。



少しだけ寝るから見張ってて、仁く……ん



ふと、先程の言葉を思い出してしまい、起こすに起こせない。人間だった頃は無理にでも起こそうものならば、たとえ親切心であろうと理不尽に殴られたものだ。今の身体に対してそこまでするとは思えないが……植えつけられた習慣が、俺を躊躇わせる。


(さて、どうしたもんか)


完全に手持ち無沙汰になった俺は、地べたに伏せながら七瀬の寝顔を見上げる。こうして無防備な姿はまぁ可愛いのだが、割と公衆の面前でもこの様な姿を晒すのは正直複雑な心境になる。西山高校の女子の中でも指折りの美貌(と言うより愛くるしさか)を持つ七瀬のことだ。こんな所で寝てようものならばナンパの対象に、最悪の場合盗撮などもされかねない。

……まぁ、そうならないように俺が見張らされている訳だが。


(……なんだ、あいつ?)


そんなことをぼんやり考えていると、疎らな人通りの中でも悪目立ちする、全身を真っ黒な装いで身を包んだ、あからさまな『不審者』がこちらに向けて歩いて来た。時期不相応なニット帽、暑苦しそうな長袖長ズボン、極め付けにサングラスと一部だけ映える白いマスク。

ここまで堂々と『不審者』感を醸し出せるのもある意味すごいよなぁ……職質まっしぐらだぞ。


(白昼堂々、コンビニ強盗でもする気かよ)


心の中で独り言ちながら、それでもツカツカと歩みを止めない不審者からは目を離さない。コンビニが狙いならまだしも、通り魔だとしたら七瀬に危害が及ぶ可能性がある。それだけは絶対にあってはならない。

万が一の事を考え、俺はいつでも動けるように身体を起こす。まだ確証はないけども、こいつを先へ進ませてはいけない気がした。


「きゃんっ!」


威嚇のつもりで鳴いてはみるものの、そこはやはり小型犬。イメージしたよりも遥かに甲高い音が声帯から鳴り響いた。

あと10メートル程でコンビニの入り口に辿り着く、その地点で不審者は一瞬歩みを止めた。多少は効果があったのか、微かに舌打ちのような音が聞こえる。しかし、不審者は再びこちらへと歩を進め始めた。

このままじゃマズい……俺は慌てて自動ドアの前に立ちはだかり、なるべく恐怖心を煽るように重低音で唸り声を上げる。


「がるるるっ……!」


これに対し、不審者はたじろいだのか半歩後退りし、身体を強張らせる。小心者なのか、はたまた犬が苦手なのか。どちらにせよ、唸り声が功を奏したみたいだ。


「ふわぁ……あれ、ジン……?」


そして、同時に後方ベンチから聞こえる欠伸の音。ある意味最高のタイミングで、七瀬が目を覚ましたようだ。

寝惚け眼を擦りながらも、目の前に広がる状況をたった数秒で理解したのか、慌てて俺のもとに駆け寄るとあっという間に俺を抱え上げ、そして叫ぶ。


「きゃあぁぁぁぁぁっ!」


キンキンと耳に響く音に顔をしかめつつ、それでも俺は笑いを堪え切れない。状況的に間違いなく最適解なのだが、こんなにわざとらしい七瀬の悲鳴を聞いたのは初めてだし、演技にしては上手すぎるだろ。

それでも不審者には効果てきめんで、悲鳴に対し小さく飛び跳ねたかと思うと、一目散に来た道を駆け戻っていった。

……悪意があったかどうかは結局のところ定かではないが、コンビニと七瀬の平和は守れた。それでよしとしよう。


「ちょっと君、大丈夫? 何かあったのかい?」

「えっと、さっき不審者がいたので……」


コンビニから店員と思わしき初老の男性が現れ、七瀬は簡潔に状況を説明する。幸い人通りも少なく、被害らしい被害も全く無かった為、大騒ぎになることはなかった。本当によかった……。


「ジンが見張っててくれたお陰だね……ありがとっ」

「くぅ〜ん」

「よしよし……それじゃ、そろそろ帰ろっか!」

「わんっ!」


ひとしきり七瀬に撫でられた後、俺と七瀬は元来た道を戻るべく歩き出した。

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