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53~みらいでまってる~

 ――ま……きてよ……ママッ!


「ひゃあっ!」


 聞きなれない少女のが耳元で響き、思わず跳ね起きる。こんな夜中に、一体何処の誰が私の安眠を邪魔しに来たのだろうか。酷いことをするやつもいたもの……だ。


「えっと……」


 目の前で私に馬乗りになっていたのは、妙に見覚えのある少女だった。くりんとつぶらな瞳に腰まで伸びた艶やかな黒髪、そして花柄のカチューシャ。背丈が私の半分くらいということは……きっと、まだ四、五歳くらいの幼児だろう。

 けれど、見覚えはあっても絶対に会ったことはない。これだけ可憐で端正な顔立ちの少女なら、きちんと記憶に残っていてもおかしくはないはず。ならば、この子は……誰?


「ママ、おねぼうさん! あさごはんパパがつくってくれてるよー?」

「ま、ママ? パパっ!?」


 全く噛み合わない話に、私の頭は遂に混乱し始める。確かに、周囲を見渡すとカーテンの外は明るいし、部屋の間取りも……って。


「……ここ、どこ? それに、あなたは誰?」

「あー。ママ、まだねぼけてる! あたしのこと、おもいだせないの?」


 明らかに見覚えのない部屋、そしてしゅんとする少女の顔が告げる。あぁ、これはきっと夢なんだ、と。本来なら私は自室のベッドに寝ているはずで、明日になれば体調もよくなって学校に行っているはず。そうだ、気をしっかり。私の名前は――。


「……川本、七瀬。うん、私の名前は覚えてる」

「えー? ママ、みょうじがちがーう!」

「えぇっ!?」


 頬をぷくっと膨らませた少女は、私を思い切り指差しながら反論する。そうか、この夢では私はこの少女のママなのだ。だとしたら、結婚していることが大前提。無論、苗字だって変わっていてもおかしくはない。

 妙に納得した私は、さも寝ぼけているのを装って少女に尋ねてみる。


「あれー? そうだっけ? じゃあ、あなたのお名前、教えてくれる?」

「もう、ママってばー……あたしのなまえは――」


 小さな体で小さく息を吸った少女は、私にも似た声ではきはきと告げる。


「――かわなみ、ひとみ。パパとママのまなむすめだよー?」

「愛娘って、どこでそんな言葉を覚え……えぇっ!?」


 この子、確かに今『かわなみ』って言った。私が知っている人間で、その苗字を有する男性はたった一人……。

 高鳴る鼓動を抑えながら、私は飛び起きる。もしそれが本当だとしたら、私は今すぐにでもその『パパ』に会いたい。会って、すぐにでも声を聞きたい。

 ふと、自身を見下ろしてみる。娘が出来ているのだとしたら、現在の自分はきっと高校生ではなく、もう成人済み。その予想は正しかったようで、パジャマの柄こそ今の趣味に似ているものの、視線が妙に高い。

 試しに鏡の前に立つと、そこにはがらりと変わった自分の姿が映っていた。


「……ほー」


 思わず、声が漏れてしまう。夢の中で大人になった私は、顔立ちはあまり変わらないものの、髪型をワンレングスにしている点や、更に重く感じるようになった胸など、変化は様々な所に見られた。はっきり言って、これが他人だったら素直に美人と褒め称えるだろう。

 ……無論、自分自身を美人と褒めるような趣味はないのだけれど。

 それはともかく、もしも今の旦那が『彼』だとしたら、どれほど変わっているのだろうか。単純に会いたいのもさることながら、変化もすごく気になる。


「それじゃ、いこっか!」

「うんっ!」


 ひとみ、と名乗る私の娘の手をとると、ゆっくりと寝室から出て行く。とはいえ、この家は私の家ではないため、ひとみの支持がなければわからない。


「ママー、こっちこっち!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら、廊下の突き当たりにある扉を指差すひとみ。黙って指示に従い、その扉を開けると、目の前には私より頭一つ分大きな男性が立っていた。


「あ、あぁ……」


 待ち望んでいた姿に、私は呆けた声を出して立ち尽くしてしまう。その男性は少しだけ年をとって、顎鬚なんか生やしちゃっているけれど……間違いなく、達弘君だった。あのおちゃらけた雰囲気を少し残したまま、それでも体の厳つさや表情の引き締まり具合はまるで一昔前に流行った『ちょいワル』な男を髣髴とさせる。正直、すっごく格好いい。


「お、やっと起きたか……おはよう、七瀬」

「あ、その……おは――っ!」


 しどろもどろになりながら、おはようの挨拶をしようとした途端……あろうことか、娘の目前で朝っぱらから唇を奪われた。一応言っておくけれど、現時点で私はまだ異性とのキスは未経験。まぁ、幼少の頃や家族とのキスはノーカウントだけど。

 少しだけ顎鬚がくすぐったかったけれど、自然と交わされる優しい口付けに私は頭に血が上る感覚を覚える。もちろん、怒りではなく恥ずかしさという意味で。


「あのねー。ママったらねぼすけさんなんだよー?」

「まぁまぁ、いつものことじゃないか。……どうした?」


 どうしてだろう、自然と涙が零れてくる。あんな出来事の後だから、意識してこのような絵空事を夢に見るのもおかしくはない。

 だけど……私は、これをただの夢と感じることが出来なかった。あまりにも現実味が溢れていて、それでもって……すごく、幸せ。もしかしたら、これが私の辿る未来なのだろうか。もしそうだとしたら、この夢はすっと覚めてほしくない。夢の中の出来事が現実になるだなんて保障はどこにもない。

 それならいっそ、こんな素敵な夢を見続けていたい。そうすれば、私も夢の中の家族も、ずっと幸せに暮らしていける。愛する人を失わない、永遠の幸せを得られる。


「……それは、ちょっとちがうんじゃないかな?」

「えっ?」


 涙を零す私の下で、上目遣いのまま首を傾げるひとみ。それに同調するように、達弘君もまた私の肩に手を億と、小さく首を横に振った。


「……仁美の言うとおりだ。夢にも人生にも、永遠なんてない。人間ってのは、必ず来る終わりに怯えながら、それでも幸せを必死に掴む生き物なんだ。……仁が最期に見せた笑顔、直接見たのなら覚えているだろう?」

「そ、それは……!」


 夢とは、つまるところ自身が作り出したもう一つの世界。達弘君が直接見ていなくても、今の彼は私の一部なのだから、その事実を知っていてもおかしくはない。

 それでも……他者に言われると、その事実は重く圧し掛かる。確かに、あの時見せた最高に輝いた笑顔、それは今でも疑問に思う。どうして、今際の際に笑っていられたのだろうか。それはきっと永遠に分からないことだと思っていた。

 けれど、夢の中の達弘君は問いかけてくる。さも自身は答えを知っているような、私の答えを試しているような余裕の表情で。


「……さて、短い時間だったけれど、そろそろお別れの時間だ」

「え、ちょっと待ってよ。お別れって?」

「そのまーんま! もう……ママは、ほんとうにおきなきゃいけないの」


 あまりに突然すぎる出会いと別れ。もっと話をしていたい、もっと幸せな生活を送りたい、様々な欲望が渦巻くが、それらを彼らは無慈悲に打ち砕く。夢だから覚めるのは仕方のないこと、だけどこれではあまりにも寂しすぎる。


「……やだよ。みんなと、まだお別れしたくない!」


 思わず零れる涙と本音。切ない声は狭いリビングに響き渡って、自然と消えていく。

 沈黙が、三人の間に広がる。私はそれに耐え切れなくて、その場に崩れ落ちた。その様を見ても、二人は未だに微笑を浮かべながら立ち尽くす。

 どうして、こんなに笑顔で居られるのだろう。達弘君と仁美が私の一部なのだとしたら、一緒に泣いて、抱きしめてくれたっていいはず。なのに、どうして……。


「ママ……だいじょうぶ。ほんのすこし、あえなくなるだけ。あたしはさみしくないよ!」

「そうさ。この夢が夢で終わるか、現実のものになるかは全て、七瀬のこれから次第なんだ。今はまだ、迷うこともたくさんある。苦しいことだってたくさんある。だけど……これが七瀬の見る夢で、将来的に叶えたい夢ならば、俺たちはずっと待ち続ける。自分の意思で決めて、歩いて、新しい幸せを掴むその日まで」

「たつ、ひろくん……ひとみ……っ!」


 夢の中の達弘君は、そして娘は、あまりにも優しすぎる。そんなに優しくされたら、私だって……こんな素敵な未来を、実現したくなってしまうじゃないか。

 そう思うと、自然に笑ってしまう。今まで散々悩んで、心も体も傷ついて、もう二度と同じ幸せを手に入れられないんだ。そう思っていた私が、馬鹿みたいに思える。

 幸せになることの何が悪いんだ。相手が違ったって、幸せならそれでいいじゃないか。私に幸せを教えてくれた仁君を忘れなければ、それで……いいじゃない。


「……もう、時間だ。今日はすごく爽やかな朝だよ」

「うん……昨日とは大違い。朝ごはんもきっと美味しく食べられるよ」

「そっかぁ! ママがげんきげんきでひとみ、うれしいな!」


 はしゃぐ仁美を優しく撫で、そして立ち上がる。少し見上げる形で達弘君と目が合うと、どちらからともなく静かに微笑んだ。言葉にしなくても、想いが伝わっているかのように。


「それじゃ、行ってくるね。……また、会えるよね?」

「あぁ、七瀬が願えば夢は必ず叶う。……仁だって、それを望んでいるはずさ」

「そーだよー! ……ママ、あたし、みらいでまってるから! ずっとずっと!」

「うんっ……わたじも、すぐ、あいにいぐからねぇっ!」


 決心したとはいえ、やはり寂しさを隠し切れなかった私は涙声で叫ぶ。抱きしめたい衝動に駆られたけれど、ここで振り返ってしまえばもう、現実に戻れない気がした。

 愛娘が、旦那さんが、未来で待ってくれている。私が一歩を踏み出さなきゃ、もう二度と会えない。

 今度こそ決意を固めると、私は玄関に向けて歩き出す。ほんの少しの距離だけれど、今の私にとっては永遠に思える長い距離。それでも、私は知っている。

 永遠なんてものは、存在しない。


「ママ、行ってくるね! 晩御飯はカレーにしようね!」

「あぁ。いってらっしゃい!」

「いってらっしゃーい!」


 私は靴も履かずに、玄関の扉を開ける。目の前に広がるのは、覚醒へと続く真っ白な光。

 最後に達弘君と仁美が顔を合わせて苦笑したのは、きっと気のせいだろう。

一番最後の描写について一応補足。七瀬ちゃん料理壊滅的に下手なんです(ぇ

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