52~就寝前のひととき~
「……どう、しよう」
私は、迷っていた。
あの後、パパも交えて一緒に食事をし、和気藹々とした雰囲気で進む時間は確かに楽しかった。どうやら達弘君のことは、うちの家族も皆好き。無論、私も大好き。
けれど、別れ際の寂しそうな目は本物だった。あれだけしっかり好意を伝えられて、私も殆ど了承したような返事をして……これじゃあ、本当に彼氏彼女の関係みたいだ。確かに、柿崎君には背中を押されて仁君の死を乗り越え、次の恋も出来るのだろう。そう思っていた。
でも……これは、あまりにも早すぎる。まだ仁君が亡くなって一週間しか経っていないのに、新たな恋、しかもその仁君の親友に恋心を抱いてしまうなんて。
いつから、こんな軽い女になってしまったのだろうか。初めての彼氏として仁君と付き合い始めて、私は絶対に別れない、そのまま結婚するんだ、などと幻想的な考えを抱いていた。現実、それは不可能な話ではない。
それがあまりにあっさりと覆ったことは、それなりにショックだった。軽い自己嫌悪すら覚えてしまい、今こうして十二時を過ぎてもベッドの中で悶え続けている。なんて情けなくて、格好悪いのだろう。
「仁君……私、どうすればいいの?」
呟きながら、窓の外に見える星空を見上げる。西山市は空気が割と綺麗であるため、この時期の星空はきらきらと輝いて見える。新月だった分、先日流花ちゃんと見た星空の方が綺麗ではあったけれど。
目を向けたのは、夏の大三角形。その中でもわし座の中央でちかちかと瞬く、アルタイル。言う間でもなく、七夕伝説で有名な彦星の星。
流花ちゃんはあの時、自身を白鳥座に例えてジンと私に橋を渡した。まるで、ジンに本当に仁君の魂が宿っているかのように。
私は純粋に、その心遣いが嬉しかった。たったあれだけのことだけれど、私の気持ちはきちんとお星様になった仁君に届いた気がしたから。
……けれど、きっと流花ちゃんの真意はそれではない。今振り返ると、それなりに不自然な点は見当たる。ジンに対して放った言葉、態度。それは本当に、仁君を相手しているかのようで、何故か他人事のように思えなかった。
もしも、本当にジンが仁君だとしたら……流花ちゃんは、どうして教えてくれないのか。
「……そんなこと、あるわけないよ」
散々悩んだ事柄をその一言で払拭すると、私は寝るための努力をする。ここ数日は学校を休みがちだから、明日こそはきちんと学校に行かなきゃ。行って、私は……。
「達弘君に……会いたいな」
無意識に漏れた言葉。それを脳で理解した瞬間に、私は確信した、
川本七瀬は、河波達弘君に恋をしている。それは、揺るがぬ事実。
意識した途端、急に恥ずかしくなって私はタオルケットに身を包む。その行為が何の意味も持たないことも、今の火照った体を冷ますには逆効果であることも分からない程、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。これはしばらく寝付けないかもしれない。
ポーン。
無機質な音と共に、私の携帯電話が震えだす。枕元にあったそれを無造作に掴み取り、画面を開くとメールが一件届いていた。基本的に携帯電話をあまり活用しない私にとって、メールを送ってくる人間はかなり珍しい。すぐにメールを開くと、そこには――。
『差出人:河波 達弘 件名:なし
本文:今日は美味しいご飯をご馳走様でした!
体調は良さげだったけど、病み上がりに無理は禁物。
しっかり寝て、明日も元気に学校に来いよ~(>_<)』
「……ふふっ」
思わず、笑ってしまった。何というか、文面があまりにも可愛すぎやしないか。確かにおちゃらけた達弘君のキャラにそぐわないでもないけれど……しかし、可愛いな。
純粋な心遣いも嬉しかったけれど、無意識の文面で癒されてしまった私は、緩まった頬をどうにか引き締めながら返事を打ち込む。あまり使わないだけに文字を打つのも遅いけれど、それでもきっと達弘君は待ってくれる。
少し悩んで、文字を打って、消して、また打って……最終的にこのような文面になった。
『宛先:河波 達弘 件名:Re
本文:ご飯のお礼はまた今度来た時ママに言うといいよ! きっと喜ぶから♪
まだ少しだるいけど……達弘君のおかげで、精神的にはすっごく元気!
うんっ、明日会えるの楽しみにしてる! それじゃ、おやすみ~^^』
「……送信、っと」
まるで好意むき出しのあざとい文面だけれど、付き合いの長い私たちなら別に大丈夫。そう言い聞かせつつ、十分ほどかけて考えた文面を電波に乗せる。このメールを見たとき、達弘君はどんな表情になるのだろう……ちょっと楽しみ。
くすっと小さく微笑みながら、私は携帯電話を枕元に戻す。きっと達弘君のことだから、もう返信は来ないだろう。私としてはもう少しやり取りしたいけれど、ここで達弘君の厚意を無碍にするのも気が引ける。ここは大人しく眠りに着こう。
そう思い、私はもう一度瞼を閉じる。さっきまでは目が冴えてあまり寝付けなかったのに、不思議なことに今回はすんなりと脳が落ち着く。このまままどろみに身を任せれば、ストンと寝られることだろう――。




