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45~捜索の果てに~

 公園を出た俺たちは、るぅちゃんが逃げた方向――とはいえほぼ勘だが――に向かう。公園を取り巻く垣根を潜っていったため、確かな方向は分からないものの、行動しないより間はマシ……そんな思考が俺たちを突き動かす。

 しかし、よくよく考えてみれば俺と七瀬はこの周囲の地形に詳しくない。今日だって本来は未踏の地を冒険するつもりで来たため、あまり動き回ると迷子になりそうだった。


「ねぇ、るかちゃん。るぅちゃんがいきそうなばしょ、しらない?」

「んー…………あっ!」


 俺の言葉に、仲島は少し考えた後何かに気付いたのか、大袈裟に拍手を打つ。そして、興奮気味に足踏みしながら我先に駆け出していった。


「まって! ……ひとしくん、おいかけよう!」

「う、うん……」


 説明もなしに駆け出すものだから、置いてけぼりを食らったら確実に迷子になる。結局のところ、俺たちは仲島を追うしかないのだ。二人で顔を見合わせて苦笑しながら、意外と足の遅かった仲島を全速力で追いかける。

 しばらく走っていくと、やっとのことで仲島は立ち止まる。元々体力がなかったのか苦しそうに息切れを起こしていたけれど、それでも先ほどと同じく興奮を隠しきれていない。

 そこは、大きな商店街だった。まだ知識の少ない俺たちはここが商店街とも知らず、あまりの人の多さに圧倒される。こんなにたくさん人が集まる場所があったんだな、と俺は少しだけ嬉しくなった。


「はぁ、はぁ……おかあさんとおかいものにくるとね、たまにるぅちゃんをみかけるの。だから、もしかしたらって」

「そーなんだ……けど、ひとりではしっちゃだめだよ。おれたち、ここのことなにもしらないんだから」


 そう、当時はこうして知らぬ土地に足を運ぶことが楽しく、そして同時に怖くもあった。何せ結構な遠出をしている上に、母さんとの連絡手段も持っていない。本当にはぐれてしまった場合、帰れなくなる……そんなことも幼いながら考えていたものだ。

 あまり語気を強めないよう努力はしたものの、やはり責めていると思われたのだろうか、仲島の目にはまた涙が滲み始める。ここまで泣き虫だとそろそろ怒りたくなってくるが、それでも友達なので我慢した。


「まぁまぁ。とりあえず、るぅちゃんをさがそうよ!」


 仲島の反応を見て慌ててフォローに入った七瀬のおかげで、泣き出すことは免れた。心の中で感謝しつつ、俺たちは再び歩き出す。

『ドリーム商店街』と大きく書かれたアーチ状の大門をくぐると、賑やかに呼び込みをする店や美味しそうな匂いを漂わせる店など、多種多様の店舗が目に入る。あまりに新鮮な光景に、俺も七瀬もキラキラと目を輝かせた。


「うぉー、アイスがのびてるー!」

「オヤ、ボウズコレタベタイノカ?」

「たべたいー!」

「HAHAHA! ゲンキナボウズハオッチャンダイスキダゼ!」


 最近は見ないものの、昔はこんなパフォーマンス的な商いもあったものだ。トルコアイスを売るトルコのおっちゃんにタダでアイスを分けてもらいながら、それでも本来の目的を忘れずにるぅちゃんを探す。あまりに人口密度が多く、小型のチワワを探すのは至難の業。特にまだ小さかった俺たちにとって、この道のりはあまりにも険しい。


「るぅちゃーん! どこー!」


 七瀬は声を張り上げながら、キョロキョロと周囲を見渡す。けれどチワワはおろか、犬一匹見つけることすら叶わない。動き続ける大人というジャングルに迷い込んだ俺たちは、次第に何処に向かっているのかも分からなくなってきた。


「るぅ、ちゃん……どこいったのぉ……」

「もう、ないちゃダメだって! ぜったいにみつけるから!」

「ななせちゃんのいうとおりだよ。るかちゃん、おれたちをしんじて」

「ぐずっ……うん」


 本当は俺も自信がなかった。こんなに広い商店街で、果たしてるぅちゃんを見つけられるのだろうか……けれど、そんな弱音を吐くことを、俺の中の何かが許さなかった。ここで挫けてしまえば、仲島を泣かせることになってしまう。

 友達を泣かせることだけは、絶対に嫌だから――。


「…………ああっ!」


 そんな時、俺の目は確かに一匹のチワワを捉えた。頼むから、見間違いじゃないように……俺は七瀬と仲島の手を取ると、祈るように駆け出す。後ろの二人は急に引っ張られたからか慌てている様子だが、この際そんなことを気にしていられない。

 俺が駆け出した先は、一件の小さなお店だった。『コロコロコロッケ』と書かれた、読んだら一回は噛みそうな名前のコロッケ屋さん。夕飯のおかずにと求める客も多い中、その近くで一匹の小さな身体が物欲しそうにカウンターを見上げていた。


「るぅちゃん……るぅちゃーん!」


 姿を確認し、確信したのだろう。仲島は嬉しそうに速度を上げながら、あっという間にるぅちゃんの元へと走っていった。結局また置いてけぼりをくらった俺と七瀬は呆れたように顔を見合わせるが、どうしてか文句は出てこなかった。

 るぅちゃんを抱きかかえ、頬ずりしている仲島があまりにも幸せそうだったから。


「るぅちゃん、しんぱいしたんだよ……うえぇん」

「るかちゃん、よかったね!」

「そうだね……ほんとうに、よかった!」


 仲島とるぅちゃんの再会を見ていると、不思議と俺の涙腺も熱を帯びてくる。あまりに無意識だったからか、目から零れ落ちる涙に気付いたときは俺も流石に驚いた。


「あー。ひとしくんもないてる! るかちゃんのなきむしがうつったの?」

「ば、ばかっ。そんなんじゃ……ないもん」


 きっと、不安から解放されたからだろう。今までたくさん無茶をしてきたが、それはあくまで自己満足の為、ひいては七瀬の為だった。けれど、今日は初めて七瀬以外の誰かの為に必死に駆け回り、時に励ましながら目的を達成した。数々の不安を乗り越えて得たものは、言葉には表せないくらいかけがえのないもの。


「ななせちゃん、ひとしくん……ありがと!」

「わんっ!」

「ふふっ、るぅちゃんもありがとだって!」

「ともだちだもん、とうぜんだろ!」

「そうそう! ……って、もうかえらないとママにおこられるよ!」

「やべっ。んじゃるかちゃん、またあのこうえんであそぼーぜ!」


 涙ながらに何度もお礼を言った仲島と別れた俺たちは、どうにかこうにか家に辿り着く。しかし辺りは真っ暗で、明らかに子供が二人で歩いていい時間ではない。案の定、帰宅すると俺と七瀬の母さんが二人揃って家の前に仁王立ちをしていて、屋外だと言うのにこっぴどく叱られた。けれどやはり親心として心配だったのか、最後には二人ともそれぞれの親に強く抱きしめられた。

 こうして、幼少期に起きた激動の一日は幕を閉じる。けれど、この頃の俺は知らなかった。

 数日後にはこれ以上に壮大で、辛い出来事が待っていることなど。

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