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42~いざ行かん仲島宅~

 柿崎と別れた後、歩き続けること十数分。西山市夢見ヶ丘地区の南部に位置する住宅街に建つ、仲島の家に着いた。少し年季の入った一階建ての木造住宅は、それでも家人の手入れが行き届いているのか庭も外観も綺麗で、生活感の滲み出るいい家だった。俺の実家と比べてしまうと、妙に見劣りがするのは何故だろうか。

 玄関の前に立った仲島は、ドアノブに手をかける直前に少しだけ動きを止める。そして俺を見下ろしながら、困ったような顔で一言。


「……仁、多分大丈夫だと思うけど、中に入れられなかったらゴメン」

「くぅ~……(気にするな、それも一応は想像の範疇だ)」


 さも当然のように返すと、仲島はきょとんとした表情で俺の顔を見る。そりゃあ、他所様の犬かもしれない俺をいくら仲島の家族とはいえ、簡単に入れることはないだろう。手負いになることは想定外だったけれど、別に七瀬の家は歩いて帰れない距離ではない。人間いつだって、最悪の状況を想定しておいたほうが心に余裕が持てる。まぁ、張り詰めすぎはよくないが。

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、ほんの少し迷った挙句に俺を両腕で抱きかかえた仲島は、手が塞がった状態でも器用にドアを開ける。女子の家特有のほの甘い芳香が鼻腔を擽る中、数秒後に小さく足音が聞こえてきた。そして、廊下の突き当たりにあるリビングであろう場所から、一人の女性がゆっくりと姿を現した。


「母さんただいま~。ちょっと怪我したワンコ拾ってきたんだけど、一晩泊めていい?」


 あまりにもストレート過ぎる、事実のようで実は真っ赤な嘘。潔すぎて逆に呆れていると、数回しか顔を見たことのない仲島母は俺を見るなり驚愕の表情を浮かべる。


「あんた、また犬を拾ってきたの? 最近はなかったから癖も治ったかと思ったのに……」

「いやねぇ、道端で犬と喧嘩して傷ついた犬を見つけたら母さんもほっとけないでしょ? だからさ、お願い。本当に一晩だけでいいからさ……ね?」


 俺を抱きかかえたまま両手を合わせる仲島を見て、仲島母はやれやれといった様子でこめかみに手を当てる。この様子だと、どうやら仲島は昔から犬を拾ってくることがあったみたいだな……とはいえ、俺も一度はそのような事件に巻き込まれているが。

 しばらく悩んだ末、仲島母はとうとう折れたのか諦めたかのように小さく手を振る。そして、無言のまま振り返ってリビングへと歩いていった。この反応だと、俺は泊まっていいのかよくないのか、曖昧すぎて判断がつかない。


「……よし、許可はもらった。私の部屋に行くぞ」

「……っふ(いいのか?)」

「当たり前だろ? きちんと報告して、母さんは何も言わなかった。これを許可といわず何という?」

「うぅ(んーと、自己判断じゃね?)」


 俺が言葉を返した直後、頬を引きつらせた仲島は急に俺の首筋を思い切りつねる。未だにに残る激しい痛覚が俺の神経を大いに刺激し、またしても思わず涙目になった。こいつ、怪我人(犬だけど)を何だと思って嫌がるんだ。動物愛語法違反で訴えるぞ?


「御託は結構だ。さっさといくぞ駄犬ヒトシ」

「ぐるぅ……!(誰が駄犬だっ!)」


 歯軋りをするものの、何事もなかったように華麗にスルーした仲島は俺を抱きかかえたまま、廊下を進んで少しのところにある扉を開く。そこは仲島の部屋らしく、如何にも女子の部屋と言う雰囲気と香りを放っていた。ピンク基調の壁紙とカーテンに、某キャラクターもののぬいぐるみやベッド等の家具一式。そして、壁一面に広がる様々なアニメのポスター……よく考えたら、俺はコイツの部屋を見るのは初めてな気がする。正直、ちょっと予想外だった。


「……人の部屋をジロジロ見るなっての」


 背後からドスの効いた声が響き、思わず身震いする。たまに不可視の覇気みたいなものを発するから、女子――というか仲島は怖い。逆らわないようにせねば。

 仲島の腕から降りた俺は、地に足が着いた瞬間足に力が入らず、カクッとその場に伏せてしまう。立ち上がろうとするも、思うように身体が動かない……思ったより目に見えていた疲労に今更気付き、己の溜め込んできた無理がどれほど大きなものかを遅まきながら知った。


「お疲れ様。とりあえずお前は寝てろな……水と軽いおやつ持ってくるわ」

「くぅ……(わ、悪い……)」


 首すら動かせず、何とか小さく唸ることで返答。表情を伺うことは出来なかったが、きっと呆れているのだろう。さっきまでの無茶は、今にしてもまだおぞましいものがある。菊恵さんの助けが無かったら本気で死んでいた可能性も否めない。

 何はともあれ、これからは迂闊な行動は控えるべきだ。自身の弱さもさることながら、勝手な行動は周囲に迷惑をかけ、同時に大きく傷を残すことになる。そんなことすら分からなかった俺は本当に大馬鹿野郎で、あまりにも愚かだ。

 体の疲れも相まって沈み行く気分の中、再びドアが開く。体勢を変えられないのでじっとしていると、仲島は目の前によくある犬用の器を二つと、自身が飲むのであろうジュース、そしてミネラルウォーターを持ってきた。そしてそのまま俺の目前にしゃがみこむと、器に水を静かに注ぐ。

 ――しゃがむ?


「ほら、飲めよ……どうした?」

「…………」


 数秒前から目を逸らしていたのに気付いたのか、仲島は怪訝そうな表情で尋ねてくる。これは……正直なところ、答えるべきなのだろうか。

 しばらく無言を貫いたものの、さらりと流せる雰囲気でもなかったので渋々口を開く。


「ぐぅ……(その、さ。しゃがまれると困るんだが)」

「は? なんで?」

「ぐるる……がぅ!(だからさぁ……さっきから丸見えなんだよ! お前の下着!)」


 そう、仲島は帰宅してまだ制服をを着替えておらず、もちろん下はスカート。それが体の小さい俺の目前でしゃがみ込めば、当然のように腿から股にかけてのラインは丸見え。色彩こそはっきりしないものの、元が人間である俺にとって目を逸らすには十分すぎる理由だと思う。

 そんな俺の回答を聞いた仲島は、本日二度目のきょとんとした表情になる。しかしそれは長く続かず、すぐに俺を蔑むような目で睨めつけた。その表情に、羞恥などは一切感じられない。


「……お前、馬鹿か。犬にパンツ見られて恥ずかしがる女子が何処にいる? それとも、お前は生まれ変わっても女子のパンツで興奮する変態なのか?」

「はぅっ……!(ぐっ……)」


 思わず息を呑んでしまい、そして同時に否定しなかった自分を大いに呪う。そりゃあ、俺のまだ犬になって四日目だが……やはり、魂はまだ人間のまま。体の動きなど、外部的感覚の違いには慣れてきたものの、精神的に犬になりきることは未だ叶わない。と言うより、魂まで獣になったら俺が転生してきた意味が全く無い。

 俺の反応に苦笑した仲島は、先ほどまでの蔑んだ表情から一変、いつもは見せないような朗らかな笑みを浮かべる。それは、まるで俺を『乾仁』ではなく一匹のチワワ、『ジン』として見ている様で……何故だろう、少しだけ落ち着く。


「仁は、無理をし過ぎだ。死んだくせにノコノコとこっちに戻ってきて、それでもずっと悩み続けて……正直、見てらんない。だから、私に手伝えることがあったら何でも言え」

「……くぅ(……仲島)」

「代わりに、もう少し楽にしろ。お前はずっと気を張りすぎてて、正直犬らしくない。そんなんじゃ、ナナもそのうちジンが仁だって気付くぞ。……ま、私は仁の為にもナナの為にも、あえて真実は告げないが」

「……くふぅ(……そうか、ありがとな)」


 仲島の言葉が、俺の胸に浸透して染み渡っていく感覚。きっと、成仏されるってこんな気分なのだろう。とはいえ俺の魂もあと三日しかこの体に居られない。それを知ったら仲島、泣くか怒るんじゃないだろうか。

 だからこそ、俺はどうにかしてやるべきことをやる。七瀬に想いを伝える、それが今までの行動の主軸であった。けれど、この体では想いを伝えることは出来ないし、よしんば成功してもそれは七瀬の心に俺を居座らせるだけ。

 ならば、俺が取るべき行動は……七瀬を幸せにする術を考えること。仲島という心強い見方も居るし、何とかなるだろう。


「くぅ~、くふっ(それじゃ、早速だが……俺に、一つ考えがある。聞いてくれないか?)」

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