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39~真心を、あなたに~

 この感覚はつい最近体験したばかりだけれど、一向に慣れる気がしない。まさか、この二人っきりの空間で突然、遠回しに『好きだ』と言われるだなんて……。


「あー、スマン。驚くのも無理はないよな……うん、別にどう返答が来たところで七瀬を取って食ったりしないから安心してくれ」

「そ、そうだよね……あはは」


 頭を描きながらバツの悪そうな表情で言う河波君に、私からは乾いた笑い声しか出てこない。それでも、内心は未だにドキドキしている。もし、有り得ないことだけれど……ここで私が河波君に対して『私も好きです』と返したら、果たしてどうなるのだろうか。

 しかし、思考にするのは簡単でもそれを口にすることは叶わない。実行してしまえば、私の中にうっすらと残っている仁君の面影が、すっと消えてしまいそうだから。

 私の笑い声が途切れると、しばらくの静寂が夕日の差す自室に訪れる。すぐにでも部屋を出て一階のリビングに向かうべきなのだろうけれど、どうしたことか足が動かない。それどころか、私の視線は何故か河波君に釘付けになっている。

 私は、私の真心は今、何を思うのだろう。誰を想うのだろう。


「ねぇ、河波君……わた――」

「よっし、腹減った! 七瀬、そろそろ下に降りようぜ?」


 何の気なしに、自身でも何を言い出すか分からなかった無意識の言葉。それを急に活気付いた河波君の言葉が被さり、それを言葉にすることを阻む。後になって考えれば、河波君は私がこの時に何を言おうとしているのか、悟っていたのかもしれない。そして、それを会えて言わせないように出端を挫いた。

 自身を省みると、心境は残念が半分、感謝が半分程だった。名状し難い感情が吐き出せず、心の中で渦巻いて悶々していることにある種の欲求不満を覚えるけれど、それでも私のことを考えてくれた河波君の心遣いは純粋に嬉しかった。久しく感じる『愛』に、自然と私の鼓動が早まり、ほんのりと頬が熱くなる。


「……ねぇ、最後に一つだけ。いいかな?」

「おぅ、どーした?」

「さっき、私のこと名前で呼んでくれてたよね? 昨日怒ってた時もそうだったけど……普段は絶対に名前で呼ばずに『かわもっさん』って呼ぶ。……何か、理由があるの?」


 どうして、こんな質問をしたのかは分からない。深い意味はなかった。けれど、私の言葉を聞いた瞬間にキョトンと呆けた顔になり、直後、真剣な面持ちになる。気迫さえ感じるその表情に、思わず私の身体が強張る。


「理由ねぇ……考えたこともなかった。けど、今にして思えばなんとなーく察しはつく。多分、俺が七瀬のことを目の前で名前呼びしないのは、好きだって気持ちを大っぴらにしたくなかったからかもしれないな。

 男って……いや、俺って不器用だからさ。好きだって気持ちに気付いて欲しいくせに、そんな素振りは出来るだけ見せたくない。くだらない意地なんだろうけどさ……好きな人の前だと、どうしてもカッコつけたがる。なーんて言葉にしても、普段があんなちゃらんぽらんな人間だから、説得力なんて欠片もないんだけどさ」

「河波君……」

「そんな気持ちさえ、仁にはお見通しだったけどな! ……なんにせよ、俺が出来るだけ七瀬のことを名前で呼ばなかったのは――」


 そこで息を吸い、数秒の間を空けた後、沈み行く茜色の太陽に目を向けながら小さく一言。


「――それだけ、七瀬のことが好きだったってことだ」

「っ! あの、その……」


 顔を見られてなくて本当に良かった、と心底そう思わざるを得ない。意思の篭った力強い愛の言葉に、私の心は大いに揺さぶられた。結果、視界が熱い液体に覆われてぐにゃりと歪む。

 私、どうすればいいんだろう。あまりに河波君の気持ちが強すぎて、嬉しすぎて、涙が止まらない。こんなに真剣に、直向きに、迷いなく気持ちを伝えてくれた人は……仁君を含めても、他に見当たらない。


「……さ、飯食おう。腹が減っちゃあ、戦は出来んぜ」

「戦って……?」

「恋愛は戦だ! って、流花が言ってた。まぁ、細かいことは気にするな」


 小さく手をひらひらと振りながら、踵を返して歩き出す河波君。振り返りざまに少しだけ表情を伺うけれど、まるで表情を見られたくないかのように俯いていた。私も涙目を隠すために、少しだけ俯いていたからよく見えなかっただけかもしれないけれど。



 ドタッ!



 そんな時、河波君が突然大きな音を立てて転ぶ。あまりの大音量に私もピクッと震えてしまうけれど、今はそんな場合ではない。きっと下まで響いているんだろうな……脳裏で冷や汗をかきつつ、私は倒れた河波君を支えるべく跪く。


「河波君、大丈夫?」

「あ、あぁ……」


 弱々しい声で答える河波君に、先ほどまでの快活さは見受けられなかった。そして体を支えることでようやく気付く。

 ――痙攣、なのだろうか。身体が小刻みに震えている。


「くっそ……どうしたんだよ、ははっ」

「それはこっちの台詞だよ! ……本当に、大丈夫?」

「あぁ……大丈夫、じゃないかもな。俺、こうして言葉にして告白するの、初めてだったんだ。

 そりゃ、告白されることは何回かあったけどさ……七瀬にしか興味なかったから、ずっと断ってきた。恥ずかしい話だけど、俺ってまだ彼女居たことないんだ。

 なっさけないよな……慣れないことして、好きな人の前でこんな醜態晒して。あぁ、格好悪い。このまま消えたい……」


 今まで聴いたことのないような弱々しい言葉、そして眼に滲む涙を見て、私の胸に熱いものが込み上げてきた。そして、その不確かな感情は確信へと変わる。

 やっぱり、私は河波君が好きなんだ。友達を超えて、一人の男性として。


「いいよ、格好悪くたって」

「……え?」

「私は格好悪くても構わない! どれだけ怖くても自分の気持ちを打ち明けられて、それでも私のこととか仁君のこととか真剣に考えてくれて! そんな達弘君のこと……私、好きだよ?」


 遂に歯止めの利かなくなった感情が溢れ出し、自分でも理解出来ないほどのスピードで体内を駆け巡る。熱を帯びた頭は現状を完全に理解していないのか、己で発した数秒前の言葉も思い出せないほどに興奮している。

 こんな気持ち、初めてだった。仁君の時とは違う、形容し難い高揚感。


「……ははっ」

「な、何?」

「そりゃ、俺もちょっと驚きだけどさ……うん、なんか意外」

「だから何がっ?」

「七瀬がそんなに熱く話すのもそうだし……初めて、名前で呼んでくれたな」

「っ!」


 達弘君の言葉に、私は完全に不意打ちを喰らう。あまりに熱が篭りすぎて無意識だったけれど、振り返ってみれば……確かに名前で呼んでいる。幼少の頃から知り合って十余年、ずっと河波君と呼んでいたのに、まるで違和感なく名前を呼んでいる。

 これが、人を好きになるということ、愛するということなのかな。


「ナナちゃん、どうかした……の……?」

「「ひゃっ!?」」


 そして、あまりに気持ちが達弘君に向いていた所為か、背後から発生する慌ただしい音にも気付かなかった。突然開いたドアに、私と達弘君は声をシンクロさせながら同時に飛び上がる。そんな様子を見ていたママは、心配そうな表情から一転、怪訝そうな表情になる。


「二人とも……何をしてたの?」

「えっと……達弘君が部屋を出ようとしたときに、カーペットで足を滑らせちゃったの! それで思い切り転んじゃって……」

「お騒がせしてすみません……俺も七瀬も大丈夫っす」

「そう? それならいいけど……」


 あっさり信じたママは(そもそも嘘は言っていないけど……多分)、安心したように会談を降りていく。またしても同じタイミングでほっと溜息をついた私たちは、顔を合わせると思わず微笑んでしまった。

 あぁ、なんか幸せ。こんな幸せ、もう二度と訪れないと思っていたのに。


「それじゃ、行こっか。もう転ばないでね?」

「おぅ……ありがとう、七瀬」

「……どう、いたしまして。達弘君」


 再び立ち上がった私たちは、今度こそ部屋を出て階段を降りていく。

 もう大きな音を立てて転ばないように、右手で強く達弘君の左手を握り締めながら――。

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