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34~溜息とランチ~

「くぅ……(やっと見つけたぞ……話があるんだ)」


 まさか、本当に反応があるとは。校門を出てきたツインテールの女子を見かけた途端、俺は彼女の前に立ちはだかる。とはいえ、体格差もあってか立ちはだかっている構図には全然見えない。寧ろジト目で盛大に見下されているのは気のせいか?

 何はともあれ、仲島に出会うという目的を果たすことは出来た。あとはじっくりと話を聞くだけだが……俺はともかく、仲島は時間が限られている。それなりに用件を簡潔に伝えなければ。


「はぁ……こんな真昼間にどんな話よ? つかナナの傍にいなくていいの?」

「くぅ~ん、くぅ……(そうなんだけどさ、仲島なら何か事情を知ってるんじゃないかと)」

「事情? ……あぁ、ナナが欠席した理由か。それは私が知りたいくらいだ」

「……わふっ(……昨日、七瀬と一緒に俺の家に行ったろ)」

「っ!」


 俺の問いに息を呑んだ仲島は、何故か後ろめたそうな表情で視線を泳がせる。どうやら俺が知っていることに驚いているみたいだが、あれだけ叫べば俺じゃなくても気付くだろう。近所に響き渡るくらい叫んでたの、きっと無自覚なんだろうな。


「……分かった、色々話す。それより飯食ってからでもいいか?」

「くふっ、くぅん……(あぁ、いいけどさ……折り入って頼みがある)」

「何よ。もしかして飯食わせろっての?」

「わんっ!(ご名答!)」


 俺の空腹を察してくれた仲島に多大な感謝を込め、元気に吼えると同時にこれでもかと尻尾を振る。その様子を見ていた仲島は呆気にとられていたが、すぐに溜息をつくと無言で歩き始めた。言葉にはしないが、その背中は確かに『着いて来い』と言っている気がした。俺は軽い足取りで仲島を追い、歩調を合わせて歩き始める。

 しばらく無言で歩いていたが、ふと仲島は誰にともなく小さく呟く。


「……私の所為なのかな。ナナが休んだの」

「…………」


 違う、そう言いたかった。けれど、七瀬の心の内を知らない俺は確信を持てないし、気丈な仲島に対して不用意な優しさは逆に彼女を傷つけてしまう気がした。故に、俺はただ黙って歩き続ける。

 雲ひとつない空の下、無言で歩き続ける犬と女の子の間には重い空気が漂い始めていた。周囲からすればリードなしで散歩する犬と飼い主に見えなくもないが、意思疎通できる関係だからこそ分かるどんよりと陰鬱な空気。互いに言葉につまり、会話もなくひたすら歩く。

 気付けば、目的地である小さなコンビニに辿り着いた。青い看板の有名チェーン店だが、地方出店の所為か規模は街中で見かけるそれより明らかに小さい。しかし、学校の近くであることが大きいのか、商品のレパートリーは街中のコンビニにも決して劣っていない。


「……ちょっと待ってて」

「くぅ(あぁ)」


 いくら小型犬とはいえ、犬である以上コンビニには入れない。盲導犬なら別かもしれないが、こればかりは致し方なし。昔は犬を飼っていたこともある仲島のことだから、よっぽど俺が食えないようなものは選ばないだろう。

 ……って、俺はどれだけ不躾なんだ。ご馳走してもらう身だろうが。

 数分後、仲島は大きなビニール袋に大量の菓子パンを詰めたものを片手に出てきた。それは決して一人の胃袋に納める量ではないが……全部食う気か?


「おまちどーさん……ほれ」

「わふっ!(おぉ、サンキュ!)」


 しかし、そんな考えは目の前に差し出されたジャーキーを確認した瞬間に消え去ってしまう。現金なお腹がグルグルと鳴り出し、空腹感を更に加速させた。

 俺はその場に座り、おそらく来るであろう『お手』に備えたが――憂いを帯びた目をする仲島は無言のままジャーキーを差し出した。基本的に犬と戯れるのは好きだと思ったのだが……やはり俺相手だとそんな気も失せるか。

 結局、俺は差し出されたジャーキーを齧る。どうしてだろうか、一昨日七瀬に買ってもらったジャーキーよりもどこか味気ない。メーカーの違いもあるだろうけれど……根本的に何かが違う。それはきっと、仲島から放たれる哀愁のようなものを本能的に捉えてしまっているからかもしれない。犬になってみると驚くことはたくさんあったが、この『人の気持ちを察する』という機能に発達しているのは、ベースが人間である俺にとって一番の驚きだった。顔色を伺うのは生前から得意だったが、この体だと伺うまでもなく『感じる』のだ。

 ……昨日のやり取りを聞いて辛かったのは、俺だけじゃない。仲島だって俺が死んだことで悲しんで、苦しんだんだ。そんな俺がこうして目の前にいることを許されているのは、それだけ仲島が優しい子だからに他ならない。


「……何さ」

「……ふっ(……別に)」


 仲島もまた、犬の感情には敏感なのだろうか。大して変わった挙動を見せてもいないのに、まるで思考を読み取ったかのように訝しげな表情で訊ねてくる。そして俺の反応を見て『あっそ』と呟いた仲島は、ベンチに座ると早速大きなメロンパンを開封して齧りついた。

 双方、空っぽの腹を満たすために黙々と食べる。食べ続ける。俺は髪応えのあるジャーキーを無心に噛み切り、仲島は大量の菓子パンを早くも半分ほど平らげた。


「……くふぅ(……どんな胃袋してやがるんだ)」

「うっさい。よく食うくせに貧乳な女は嫌いか?」

「ぐる……!(貧乳は関係ないだろ!)」


 腹が満たされてきたおかげか、仲島も俺もそれなりに元気が出てきたみたいだ。生前と同じようなやり取りをしながら、それでもまだ食べ続ける。俺はともかくとして、本当に大量の菓子パンを完食しようとする仲島の胃袋は本当に何なんだ。昔はもっと小食で、気弱で、大人しい感じの子だったのに……いつからこんな風に変わったんだっけ。


「……やばっ! 今日部活のミーティングあるじゃん!」


 昔の仲島を必死に思い出そうとしていると、突然仲島が立ち上がる。弾みで手にしていたクイニーアマンを取り落としそうになったが、すんでのところでキャッチすると手早く口に押し込む。そして、もごもごとパンを咀嚼しながら学校目掛けて駆け出した。


「わうっ!(ちょっと待てぃ!)」

「ふはん、ふぁっふぉうおふぁふまへ……ごくっ。待ってろ!」


 何が言いたかったのか分からないが、最後の言葉だけで大体は理解する。これから学校に戻った後、そのまま午後の授業に突入するのだろう。だとしたら、俺は学校が終わるまで待つ必要がある……また待ちぼうけか。

 遠ざかる仲島の背中を見えなくなるまで見続け、そして小さく溜息をついた。

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