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33~待ちぼうけ~

 普段歩いていた通学路も、今となってはものすごく新鮮な光景と化している。それは身長の変化が大きな要因だろうけど、それ以上に単独で外出をするのが初めてだからかもしれない。散歩のときとはまた違った、まるで冒険にでも行くような浮き足立った気分。七瀬のことを考えると悠長に楽しむ事もままならないが、少しくらいの気分転換なら許されるだろう。

 己の記憶が示すとおり、西山高校に向けてひた走る。別に学校に行っても既に授業は始まっているだろうし、校舎に侵入するのも流石にアレなので、俺は仲島を見かけるまで待機するしかないのだろう。それこそ、下手をすれば放課後まで待ちぼうけを喰らう可能性もある。

 それでも、絶対に話をしないといけないのだ。七瀬の精神状態について、仲島や達弘の心中、洗いざらい聞かなければ。用心深い仲島のことだから簡単に口を割ることはないだろうが、七瀬の状況が状況なだけに、多少強引にでも口を割らせなければならない。たとえそれが、俺の精神をも粉々に砕くような悲痛な事実だとしても。

 しばらく走った後、やっとのことで校舎へ続く上り坂が見えた。ここまでこればもう迷うことはあり得ないし、急ぐ必要もないだろう。俺は走り続けて熱を帯びてていた足を止めると、小さな肺いっぱいに酸素を取り込むべく深呼吸をする。あまり吸えた感覚もないが、よくよく考えれば犬が深呼吸する姿など見たことがない。舌を出してハァハァするのが自然だ。

 呼吸を整えながら、俺は五感を全て集中させる。視覚は正直なところあまりアテにならないので、敏感な嗅覚と聴覚を研ぎ澄ませた。仲島の匂い、音――とにかく感じられる大量の情報から、その二つのみを選別して探しだす。俺が意識的にやろうとするのなら気が遠くなるような時間を有するだろうが、幸い転生四日目にして本能に逆らわないことを覚えた。俺は人間としての意思を出来るだけ深層心理に落とし、犬としての本能の赴くまま、探すべき人間の情報を探しだす。


「…………」


 十余分、大量の音と匂いと格闘していたが、やはり一昨日嗅いだような匂い、そして生活音は感じ取れなかった。現在の時間は詳しく分からないが、通学する人間の疎らさを見てももうすぐ始業のチャイムが鳴り出す頃合だろう。もしかしたら、朝連で早く学校に行っているかもしれない。


(……仕方ねぇ、待つか)


 一旦探すのを諦めた俺は、野良犬としてあまり迷惑をかけないような場所で休むことにした。建物の隅でちょこんと座っていれば、誰もちょっかいは出すまい。せいぜい子供が近づいてきた時にでも戯れればいい。

 そんな考えで締めくくり、俺は坂の麓にある小さな家の前に座った。どうでも良いけど、この小さな民家は学校から歩いて一分ほどで着く。ここに住めばきっと遅刻することはないだろうな……まぁ、俺自身今まで殆ど遅刻などしたことはないが。

 あまりに暇すぎるため、そんな思考をしながらひたすら座って時が経つのを待ち続ける。ゆったりと流れる時間は嫌いじゃないけれど、あまりに退屈なのは正直辛い。いっそのこと学校に乗り込んでやろうかとも思ったが、入ったところで仲島と話す時間がなければ意味が無い。実行に移すとしても、せめて昼の休憩時間にしなければ――。




 ひたすらに退屈な時間を過ごし、気がつけば太陽が天辺に昇る頃。



 キーンコーン、カーンコーン。



 何度も聞いたチャイムを始業から数えること計八回。四時間目の終了の合図を聞き取った俺は、すかさず学校への坂を駆け上がる。昼休みは基本的に弁当を持参するが、時折校舎の外に出てコンビニにて食料を調達する生徒もいる。その頃合なら犬一匹侵入したところで誰も驚かないだろうし、常に空腹魔人の仲島なら弁当意外にコンビニで惣菜パンを買う可能性もある。以上の点で、この時間に仲島と合流できる可能性は非常に高い。

 自身も空腹でお腹がグルグルと鳴っているが、それを出来るだけ意識しないようにひた走る。果たして、俺が校門の前に立つ頃には西山高校の生徒がちらほらと門をくぐり始めた。俺の姿を見て「ねぇねぇ、あのわんこ可愛くない?」「ホントだ~!」などと会話をする一年女子や、横目で見て興味なさげに通り過ぎる三年男子、はたまた学校の外に設けられた小さな灰皿を目当てに出てくる教師など、たくさんの人間が校門を行き交う。この流れで、仲島を見つけられたら幸いなのだが……時間的にも、俺の腹具合的にも。


「……わんっ!(仲島ぁっ!)」


 姿は確認できないものの、俺の言葉が分かる仲島なら気付くかもしれない。一縷の望みをかけてあてもなく吼える――。


「……何してんの、アンタ」

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