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31~三面楚歌~

 ここは、どこだろう?

 今までに体験したことのあるような感覚――既視感ならぬ既知感だろうか――を覚えつつ、私は眠った直後にも関わらずその場に立ち上がった。そういえば、昨日もこんな調子で妙に現実味を帯びた夢を見ていたっけ。

 昨晩は夕焼けが目に染みる綺麗な風景だったけれど、今回は自身の姿意外は何も見えない、深淵の闇を思わせる暗黒の空間だ。あまりに浮世離れした空間に隔絶されている所為か、不可視の圧力が押し寄せてくる錯覚に襲われる。最早空気すらも拒絶するような、絶対的に命の存在を許さないような、地獄のような空間。

 果たして、今日はこの居心地の悪い空間で私は何を目の当たりにするのだろうか。


「ナナー!」

「よっ、かわもっさん!」

「おーい、七瀬ー!」


 ふと、背後から聞き覚えのある声が三種三様に私の脳内で響き渡る。すぐさま振り返ると、そこには私の良く知る三人の姿があった。


「流花ちゃん! 河波君! それに……仁、くんっ!」


 毎日のように目にする親友二人に、生前の姿で佇む私のたった一人の恋人。あまりに唐突で、けれど嬉しくて、私は小さく言葉を漏らした後――何故か、涙を流していた。いつもなら、笑顔で挨拶を返しては流花ちゃんに苦しくなるほど抱きしめられるのが普通なのに。


「みんな……みんなぁっ!」


 まだ遠い距離から走ってくる三人に一刻も早く会うため、私もまた全速力で駆け出した。涙や鼻水で顔が汚れることも構わず、息切れするほどに全力で走る。走り続ける。

 けれど、おかしなことに距離は一切縮まらない。どれだけ走っても、三人の姿が大きくなる気配がない。それどころか、三人はこちらに向かっているはずなのに、どんどん離れている気さえする。


「あっ……!」


 思わず小さな声を上げつつ、私はその場にバタッと倒れこんだ。どうやら足がもつれたみたいで、さほど硬くない地面に強かに顔を打ちつける。流石は夢だからか、割と良い勢いで転んだにも関わらず全く痛みを感じなかった。

 しかし、立ち上がることが出来ない。疲弊するほど走った覚えもないし、どこかを骨折するような衝撃を受けたわけでもない。けれど、まるで金縛りにでもかかったように、全身の動きが何らかの力によって阻害されている。


「助けて……みんな……」


 辛うじて動く口だけを小さく動かし、私は助けを求めた。独り言のように呟いた言葉は、三人の耳に届くのだろうか。

 うつ伏せのままじっと待っていると、私の耳は近くで発生する足音を捉えた。視線だけを前に向けると、そこにはあったのは一人の人間の姿。


「仁、くん……仁君っ!」


 私が最も望み、誰よりも会いたかった大好きな人。身体が動かないことが歯がゆかったけど、それでもこうして助けに来てくれたことがとても嬉しかった。今すぐにでも抱きしめて、仁君の存在を確かめたかった。

 ……そんな考えは、彼の放った一言により一瞬にしてぶち壊される。


「ナナセ……アイシテル。アイシテルアイシテルアイ――」

「ひ、仁君っ!?」


 その光景は、あまりにも衝撃的だった。突然PCにバグが発生したかのように、仁君の言葉が新しい耳障りの雑音となって響き渡る。ホラー映画のような展開になったからか、私の身体が小刻みに震えるのが自身でもよく分かる。


「ナナ……ナンデ?」


 目の前で狂ったように『アイシテル』を連呼する仁君の隣からは、やはりいつもと違う声を発する流花ちゃんが姿を現した。その声は悲痛な想いを隠しきれてなくて、昼間の泣いていた流花ちゃんを髣髴とさせる。


「ナンデ、ワタシノキモチニキヅイテクレナカッタノ? ワタシダッテ、ヒトシノコトガ――スキダッタノニ」

「え、えぇっ?」


 突然放たれた言葉を上手く聞き取れず、バラバラになった言葉の断片を反芻しながら、頭の中で再構築していく。『なんで、私の気持ちに気付いてくれなかったの? 私だって、仁の事が――好きだったのに』


「う、嘘……でしょ?」

「ウソナンカジャ、ナイ。ワタシダッテ、ムカシカラヒトシノコトガダイスキダッタ!」

「そんな……」


 流花ちゃんは、いつだって良くも悪くも正直な子だった。だからこそ、恋愛でもしようものならば私には話してくれると信じていたのに。まさか、私の知らぬ間にずっと仁君に思いを寄せていただなんて……なんて言葉を返せば良いのか分からない。


「ナナセ……ヤッパリ、オレノキモチニハキヅイテクレナカッタンダナ」


 混乱を極めていく私に追い討ちをかけるかのように、更に隣から新たな声が発される。相変わらず異質な声だけれど、それが河波君のものであることは直感的に理解していた。『七瀬……やっぱり、俺の気持ちには気付いてくれなかったんだな』


「河波君の、気持ち……?」

「アァ。オレダッテ、ヒトシトオナジクライ……イヤ、ソレイジョウニナナセノコトガスキダッタ。ダケド、ナナセノココロハイツダッテヒトシニムイテイタ」

「…………」


 河波君の声を聞きながら、私は昨日の夢を思い出していた。あれはあくまで夢であって、本当である証拠はない。そう思っていたのに……こう何度も夢に出てきてしまうと、本当に河波君が私のことを好きなのだと思えてしまう。

 ……私は、逃げていたんだ。夢の中の出来事として割り切って、河波君の気持ちに気付かない振りをして、仁君のことばかり考えていたんだ。

 私は……最低だ。愚かで、卑怯で、最低な人間なんだ。


「ナナセ……オレガシンデカラ、イロイロカワッタナ」

「仁、くん……どういうこと?」


 いつの間にか雑音を発するのを止めていた仁君が、河波君の言葉に続く。確かに変わったことは色々あるけれど……仁君は何を言いたいのだろう。


「オレガキヅカナイトオモッタカ……ナナセ、タツヒロノコトガキニナッテルンダロ?」

「そ、そんなこと……」


 否定しようとして、何故か言葉が詰まる。走馬灯のように駆け巡った、河波君とのやりとり。私の心は今、何処に向いているのだろう……自身でも答えが導き出せない。


「イイジャナイカ、ソレデ。オレノコトナンカモウワスレロヨ」

「そんなこと言わないで……お願いだからっ!」


 もう、何も聞きたくなかった。これ以上三人の気持ちを聞いてしまえば、私はもう今まで通りに接することさえままならなくなるかもしれない。

 夢なら早く覚めて。そう願い続けるけれども、三人の言葉がやがて声量を増して響き、呪詛のように脳内で繰り返される。最早生き地獄といっても過言ではなかった。


「ナナ、ワタシヲウラギッタ。ワタシハコンナニモヒトシノコトガスキナノニ!」

「ナナセ、ナンデオレノキモチニキヅカナイフリヲスルンダ!」

「ナナセ……オマエハイッタイダレヲアイシテイルンダ!」



「もう、やめてよ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」



 自分でもびっくりするような断末魔を最後に、私の意識はその場から消えていった。

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