裏話~となりのアイツがいい~
4月14日……じつは流花の誕生日だったんです!(初耳
というわけで、今回は本編ではサブキャラ扱いにされている(←おい)流花視点でお話を補完するSSを書きました。二日遅れであることは気にしちゃダメなんだぜ☆←
初夏の夕日が正面から差込み、前方が良く見えない。
それは明々と茜に輝く太陽が眩しいからであって、決して私が涙を流しているからではない……はず。
隣には黙って歩調を合わせ、無言のまま険しい表情で歩き続ける私の幼馴染。この思考がダダ漏れだったとしたら、コイツにはきっと大笑いされてしまうだろう。
……それだけ、今の私は私らしくない。ウジウジすることも、ウジウジしている人を見るのも嫌いな、あまりにもドライ過ぎる性格。このスタイルを貫いて今まで生きてきたのに……ナナにはかっこ悪いところを見せたな。
あの時は思わず本音を漏らしてしまったけど……私としては怒りだけで収めるはずだった。ナナを悲しませたことをひたすらに責める、それだけの予定だったのに。私としたことが、知らぬ間に涙を流していたのだ。
そして、私の胸中を知っているただ一人の人間――達弘もまた、私の涙に少しは驚いている様子だった。その後の怒り様は、それはもう私の想像を遥かに超えた。これほど本気で怒りを露にしたのを、幼馴染である私も殆ど見たことが無い。
いつだってお調子者で、軽口しか叩けなくて、それでもいざと言うときは頼りになるいい奴。どれだけムカつくことをされても、笑顔で受け流すような奴。
そんな達弘が自ら怒り、普段は言わないような本音をぶちまけた。それだけ、達弘にとっても仁の死は耐え難いものだったに違いない。
「……なぁ、流花」
「……何さ」
「その……悪かった。お前が静止かけなきゃ、きっと俺は全てを言葉にしていた。
もしかしたら、またお前を……七瀬も傷つけていたかもしれない」
「あぁ、気にすんな。私のことはどうでも良いんだ……ナナを傷つけたらタダでは済まさないけど」
力なく交わされる言葉。それは私たち以外の誰の耳にも届くことなく、何処かで鳴いたカラスの声に上書きされて消える。
今の私たちの言葉なんて、それほどまでに儚くて無力。口を開くことすら煩わしく、息をすることで酸素を消費することにすら躊躇いを覚える。
本当に、私らしくない。これだけネガティヴになるのは、たった十七年の人生を振り返っても『あの一件』以来かもしれない。
「……なぁ、達弘」
「……何だよ」
「もし……もしもの話な。仁は確かに死んだけどさ……魂だけでもこの世に戻ってきたとしたら、どうする?」
「ぶん殴る。ぶん殴って、無理矢理にでも蘇らせる」
「……やっぱ達弘は達弘だな。少し安心した」
「そうか……流花は流花らしくないな。俺でも心配するくらいには」
「……うっさい、ボケ」
「それでいい。それが俺の知ってる流花だ」
まだぎこちないけれど、確かに私の知っている達弘の笑顔。あれだけ怒って悲しんで、それでもこうして笑顔を取り戻せる……なんだかんだ言っても、やっぱり達弘は強い。
それに比べて、私はとことん弱い。他人のことなら遠慮なしにズケズケと口を出せるのに、いざ自分が窮地に立たされると自制が出来ない。結果、あれだけの醜態を晒す羽目になった。
皆と共に成長し、それなりに苦労も乗り越え、強くなっていた気はした。けれど、それは私の見た都合の良い幻想だったのかもしれない。
犬と話せることで周囲から引かれ、それが招いた不幸で親友を傷つけ、それでも優しかったそいつを好きになって……そんな想いは届くことなく消え去って。
走馬灯のように駆け巡ったヴィジョンが脳に焼きつき、嫌な思い出も否応なく見せ付けられる。押し寄せる感情はただ一つ――悲しみ。
「っ……うぅっ」
「……流花?」
「私……なんで、好きになっちゃったの? あんな彼女を残して死ぬようなバカを、なんで……!」
「……そんなの、仕方ないだろ。好きになっちまったモンは」
またしても涙腺が決壊し、うわ言のようにぼろぼろと言葉を漏らす。とめどなく溢れる涙はアスファルトに染みこみ、新たな模様を作ったかと思うとすぐに消えていった。
情けない……情けない情けない情けない。こんな姿、コイツにだけは見せたくなかった。
私のことを誰よりも知ってて、本気で私の幸せを願ってくれて、それでも自分を押し殺して好きな人の幸せを最優先にするような……似た者同士で、けど私より遥かに優しすぎるコイツにだけは。
「泣くな、なんてことは言わない。存分に泣け。
けど、約束しろ……とことん泣いて涙が枯れるまで泣き続けたら、明日はいつもの仲島流花だ。明日まで引きずったら、俺は――」
一度言葉を止めると、珍しく真面目な表情で私の目を見据える。あまりに達弘らしくない行動にびっくりしつつも、どうにか目を逸らさずに視線を返した。
すると……突然携帯電話を取り出し、画面を見据えながら過去最大級にゲスな表情で一言。
「お前の泣き顔晒す」
「……くたばりやがれこのバカ達弘おぉぉぉぉぉっ!」
あまりに予想外の行動に、驚愕や呆気、はたまた怒りを感じる前に私の腕が動いていた。
流れる動作で右足を引くと、右腕を腰へと引き付ける。そして頭一つ分背の高い達弘の腹部目掛けて、捻りを咥えながら容赦なく拳を捻じ込んだ。
――コークスクリューブロー。私が最も得意とし、滅多なことでは繰り出さない技の一つ。
「げほぁっ!」
寸分違わず鳩尾に入った拳は勢いを緩めず、冗談抜きに達弘の身体が浮き上がるほどの衝撃を叩き込む。結果、達弘も咽ながら大きくよろめき、大袈裟と思えるくらい派手に倒れこんだ。
幸い、周囲に人は居ない。私たちの関係を知らない人が見れば、これは軽く犯罪現場なんだろうな。
そんなことを考えつつ、念のために私は達弘を引っ張り起こす。随分深くめり込んだけれど、どうやら大きな怪我をしているわけでもないらしい。
「いつつ……そう、それでこそ流花だ。この様子なら大丈夫そうだな」
「うっさい! 絶対感謝なんてしないからな!」
思い切りガンを飛ばしつつも、こんな言葉を吐きつつも、私はやっぱり達弘に感謝せざるを得ない。
誰よりも私を知っているからこそ、こうしてわざわざ殴られて……おかげですっかりいつもの調子に戻ってしまった。
怒りを強調するように息巻きながら、大股で茜に染まる坂道を登り始める私。今度は不思議と、視界がはっきりしている。
うん、さっきはやっぱり涙で見えなかったんだ。心も晴れたからか、夕焼けは眩しいどころかキラキラと輝いて見える。
「……やれやれ」
背後では達弘が呆れたように首を振っているが、そんなことはどうだっていい。
どれだけ弱くても、どれだけ私が仁のことを好きでも……全部ひっくるめて私。それ以上でも以下でもなく、ありのままの私なんだ。
だから、私は私を恥じることはない。堂々と胸を張っていれば良い。
「……ありがとな」
「ん、何か言ったか?」
「何も言ってねーよっ」
小さく漏らした感謝の言葉、そしてそれを耳聡く聞き取った達弘に私は笑顔で返す。
普段は絶対に恥ずかしくて言えないけれど……これでもきちんと感謝してるんだからな。
――ありがとう、達弘。




