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27~バカヤロウ~

 ほんの少しだけ返事が来るのを期待したけれど、当たり前のように返事は来ない。静かに目を開けて仏壇を見ると、先ほどと同じ笑顔の仁君。但し、それは表情が変化することの無い、撮られた瞬間から時の止まっている遺影なのだけど。


「よぉ、仁。お前の大好きなかわもっさんが会いに着たんだぞ。返事くらいしたらどうだ?」

「そうだよ……ナナにも私たちにも、何にも言わずに黙って逝きやがって。こっちがどれだけ心配して、悲しい思いしたのか分かってんの?」

「河波君、流花ちゃん……」


 二人の口から出てくる言葉は、どちらも悲痛な想いを隠しきれない震えた声だった。直後、小さな嗚咽が隣から聞こえてくる。ちらりと視線だけ動かすと、あの流花ちゃんが泣いているではないか。いつもサバサバとした性格で細かいことは気にしない、芯の強くて私の前で涙なんてしばらく見せたことも無かったあの流花ちゃんが、泣いている。


「本当に、アンタは大馬鹿野郎だ。愛する人を置いて逝くなんて……私は絶対に許さない。私のナナを傷つけたこと、一生許さない」

「るか、ちゃん……」


 そこで遂に涙腺が崩壊したのだろう、大粒の涙をポロポロと零しながら流花ちゃんは滂沱してしまった。私の目にも涙は溜まっていたものの、流花ちゃんが先に泣き出してしまった所為か、スッと涙が引いていく。ここで私も泣いたら、誰が流花ちゃんを慰められるだろうか。

 私は横からそっと流花ちゃんを抱きしめ、静かに頭を撫でてやる。相変わらず体は小刻みに震え続けているけど、時間が経つにつれて徐々に落ち着いてきた。その様子を見ていた河波君は歯を食いしばりながら、床越しに私にも伝わるくらいぶるぶる震えている。

 その様子は、どうやら悲しみというよりも怒りの方が強そうで。


「仁……お前、何人の女を泣かせりゃ気が済むんだ。腹を痛めて生んでくれた母さん、届かない気持ちを殺して応援していた流花、幼い頃からずっとお前を支えてくれた……七瀬。お前が俺の親友である乾仁なら、今の俺がどれだけ真剣か分かるはずだ。もしもお前が生きていたのなら、昔のお前のようにぶん殴ってるところなんだぞ」


 『語り掛ける』と『吐き出す』の中間くらいの声音で呟く河波君に、私の胸は更に締め付けられる。こうして挨拶に来て、擬似的に対面して、怒って……けれど、不思議と怖さは無い。寧ろ、なんて優しい人なんだろうと感心の意さえ覚えてしまう。

 河波君は、誰よりも仁君のいなくなった世界で、仁君の面影を引きずっている私たちを想ってくれている。それがどれだけ嬉しいことか……筆舌に尽くしがたい。


「……この際だから、色々と本音を言わせて貰う。流花、もしかしたら勢いで変なこと口走るかもしれない。アウトだったら泣きながらで構わない……殴ってでも止めろ」

「達弘……」


 二人の間に走る電気のような何かを、第三者である私は確かに感じ取った。以心伝心、なんて言葉があるけれど、付き合いの長い二人のことだ。きっと通じるものがあったに違いない。

 河波君はすうっと息を大きく吸うと、静かに吐き出しながら言葉を紡いでいく。


「俺はな……お前が羨ましかった。いい家の育ちでもない、顔は上の下ってくらい、だけど誰よりも優しくて人の事を考えて動けて、人望もあって……それが努力の賜物であることも知ってたけど、羨ましかった。けど、お前と殴り合って負けても、俺が好きだった人がお前を選んだとしても、俺はお前を絶対に恨まなかった。何故か? ……それだけ、お前は俺のことさえも考えてくれてた、たった一人の親友だからだ。

 でも、そんなお前にも決定的に欠けている部分があるとすれば……人の気持ちは考えられるくせに、人がお前のことをどう思っているか分かっちゃいないことだ。いつだって影から支えて、空気ばっかり読んで……そのくせ朴念仁で。お前がどれだけの人間に好かれてたか、俺が知っている限りで教えてやろうか?」

「もういい!」


 段々と凄みを帯びる声音と形相に私も少しばかり恐怖を覚えた矢先、流花ちゃんが遂に静止を掛ける。ぎゅっと瞑られた瞳、首を振る度に揺れるツインテール。それらがあまりにも儚げで、私の体も何故か震えてきた。

 何でだろう。何で私たちは、これほどまでに悲しみ、悩んでいるのだろう。

 冷静でない頭で考えても答えは出ず、わだかまりが頭痛へと変換される。ズキズキと痛み出す頭を押さえていると、抱擁を解いたばかりの流花ちゃんが小さな声で告げた。


「……もういいよ、達弘。それ以上言ったら、アイツがまた一人で悩む。きっと天国に行った仁を、これ以上悩ませちゃいけないよ」

「だけど……だけど、そしたらお前の想いはどうなる?」

「届かなくて、いい。私はいつでもナナの味方だから……」

「っ……仁、バカヤロウが!」


 怒りをぶつける場所が見つからなかった帰結なのだろう、己の腿を拳で叩きつけながら低い声で唸る河波君。もう、あまりに辛すぎてその姿を直視できなかった。

 またしても訪れる静寂。無言の空間。聞こえるのは時計の秒針が進む音のみ。


「……みんな、ありがとう。そして、本当にごめんなさいね」


 その静寂を破ったのは、私たち三人ではなかった。背後から掛かる声に振り返ると、そこには心底申し訳なさそうな表情をした、お母さんの姿があった。

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