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26~久しぶり、仁君~

 流花ちゃんの言葉に、私は思わず息を呑んだ。忘れていたわけじゃない、けれど仁君が生きていた頃の記憶ばかりが鮮明に残っていた所為か、仁くんの家に行くことを無意識に躊躇っていたのだ。

 妙に切なげな表情の流花ちゃん、そしてこちらも俯き加減で気まずそうにしている河波君を順に見る。さっきまであれほど騒いでいたのも、もしかしたら空元気だったのかもしれない。

 一人蚊帳の外な柿崎君も話の内容を察したのか、私と視線を合わせると無言で頷き、そして踵を返して去っていく。何か言葉を掛けるべきだったのかもしれないけれど、何故か何もいえなかった。柿崎君の背中が『何も言うな』と言っていた気がしたから。

 ただ黙って見送った私は、改めて二人の方へ目を向ける。そういえば、私が学校に復帰してから一度も仁君について真剣に話をしたことがなかった気がする。昨日は流花ちゃんと少しだけ話題にしたけれども、あの話の本筋はあくまで『柿崎君とのいざこざ』であって、『仁君が亡くなった事故』の話ではない。

 私の為を思って、あえて話題にしなかったのだろう。けれど、仁君が亡くなって悲しんでいるのは決して私だけではない。幼い頃から月日を共にしてきた親友である河波君、そして流花ちゃんだって、言葉にせずともすごく悲しんでいるはずなのだ。


「うん……それじゃ、行こっか」


 私の言葉に、二人はただ無言で小さく頷く。さっきまでの元気が嘘のように、双方俯き加減で黙って歩き出した。どうやら、無理に話しかけない方が良いかもしれない。

 なんとも微妙な空気の中、私たちは黙々と歩き学校の門を後にする。ここから仁君の家までずっと無言なのだろうか……それはなんだか二人らしくないし、私も気まずい。

 どうにか話題を提起したいところだけれど、この空気の中で笑い話をするネタも勇気も無い。結局、ただひたすら歩き続けるしかなかった。

 友達と一緒なのにとてつもなく重い空気、そんな初めての体験をしながら十五分程が経過。永遠に続くと思われた帰路は、時計で時間を確認すればかなり短い時間だった。二件の見慣れた向かい合う家が見えてきたところで、私は思わず安堵の息を吐く。目的地が見えたおかげで、少しは重い空気から解放された気がしたから。


「そういえば……高校に入ってからここに来るの初めてだな」

「そっか……私もナナの家にはたまに行くけど、仁の家には上がってないな」

「そう、なんだ……」


 相変わらず神妙な面持ちの二人が交わす会話に、私は微かな声で返す。二人は今、仁君の家を見て何を思っているのだろう。昔はよく私の家か仁君の家に上がりこんでは、一緒に遊んだものだ。一番この家に縁があるのは勿論、生まれた時から幼馴染である私なのだけれど。

 昔の思い出に想いを馳せていると、何故かもの悲しくなってくる。幼い頃はどれだけ遊んでも時間の経過を意識しなかったけれど、高校生となった今では授業も増え、時間の経過を気にするようになった。そしてそれはこれから年を取るにつれて、より一層加速していくのだろう。

 人間は成長する、それが当たり前。けれど、こんなに時に追われて思い出を失っていくのなら、子供のまま成長したくなかった。心の片隅にいる小さな私がそんなことを主張するが、どう足掻いたところで時は戻らないし、こうして時に追われた結果が仁君との恋の成就。ならば、幼けな私から早く卒業しなきゃ……でないと、仁君に笑われてしまう。

 ふと浮かんだ仁君の笑顔に胸を締め付けられながらも、私はインターホンのボタンを軽く押す。ピンポーン、と軽快な音が小さく響き、そしてすぐに沈黙する。この時間ならきっとお母さんが出てくるだろう……よっぽど出掛けていなければ。


『はい……あら、七瀬ちゃんじゃない。それに達弘君に、流花ちゃんまで』

「こんにちは。あのー……おじゃましてもよろしいでしょうか?」

『もう、そんなにかしこまらなくていいのよ? 今開けるから待ってて頂戴』


 意外と元気そうなお母さんは、インターホンを切って間もなく扉を開いた。155センチの私よりも頭一つ分小さい、けれど艶のある黒髪に若々しい外見のお母さん。会うのは告別式以来だから、久しぶりという言葉は似つかわしくないかもしれない。


「いらっしゃい。達弘くんったら浮かない顔して……あんまり暗いと幸せが逃げるわよ?」

「そうっすね……おばさんこそ、元気そうでなによりです」

「昔から元気だけが取り得だからねぇ。流花ちゃんも元気ない……訳でもないかしら?」

「えぇ、こないだシュプランでお会いした時にそれ言われましたもん……ちなみに、あの時買ったケーキって……」

「そ、仁へのお供えよ。あの子、前から気になってたみたいだから」

「やっぱり……」


 どこかぎこちなく会話を進めるお母さんと二人に、私はもう目頭が熱くなる感覚を覚えていた。お母さんも外見は笑顔だけれど、内心ではやはり辛いに違いない。私たちがこうして挨拶に来ることで、少しでも辛さを和らげられたら幸いなのだけれど……何せ最愛の息子を失ったのだ。そう簡単に癒えるものではないだろう。


「ほら、七瀬ちゃんも暗くならない! まぁ、立ち話もなんだから上がって。それと……仁にも、顔を見せてあげて」

「はい、そのつもりで来ました」

「右に同じく」


 いつになく真剣な表情の二人は、お母さんに招かれて玄関へと上がる。私も後に続くと、久しぶりに嗅ぐ懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。いつも仁君が自然と放っていた、妙に柑橘系を思わせる甘酸っぱい香り。デートの際にプレゼントしてくれた香水もきっと、郷愁漂う香りに類似したものを選んでくれたのだろう。

 昔とあまり変わらない玄関で靴を脱ぐと、一番手前にある小さな和室へと招かれる。そこには、漆黒と金箔の入り混じった小さな仏壇と、その中に飾られている遺影、そして件のお供え物であるシュプランのケーキの箱があった。


「仁……七瀬ちゃんと達弘君、それに流花ちゃんも来てくれたよ」


 遺影を見つめながらそっと口にし、そして『ゆっくりしていってね』と言葉を残して去っていくお母さん。その様子を見送ってすぐ、私は仏壇の前に正座する。同時に、私の隣に河波君と流花ちゃんも正座し、三人の視線が遺影の仁君に集中した。

 しばらく無言の静寂が続いたけど、私は目を閉じてそっと両手を合わせると、小さく震える声で一言。


「久しぶり、仁君……元気にしてる?」

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