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24~呼び出し~

 昨日のようなダッシュの後、私たちはまたしてもギリギリで教室に滑り込んだ。とはいえ、基本的にだらけているクラスなのでこの時間でも着席している人は少ないけれど。


「あ、七瀬ちゃんおはよー!」

「うん、おはよっ!」


 いつものようにクラスメートと挨拶を交わし、いつものように着席する。なんら変わらない日常がどれほど落ち着くだろうか……そのありがたみを実感していると、不意に窓際に座る男子が目に入る。

 物憂げな表情で頬杖をつき、窓の外を眺めている長髪の少年――柿崎悠。その憂いを滲ませている理由など、問うまでもあるまい。

 私だって昨日決めたんだ……今日はきちんと柿崎君に謝るって。

 鞄の中の教材を机にしまい、ある程度授業の準備を整えたところで、小さく息を吐くとその場に立ち上がる。ゆっくりと視線を柿崎君の方へ移し、足を一歩踏み出し――。



 キーン、コーン、カーン、コーン。



 何ともタイミングが悪いもので、あと三歩で届く距離にいる柿崎君の下へ辿り着く前にチャイムが鳴り響いてしまった。同時に、やたらと時間きっちりに担任が教室の扉を開く。

 『あっ、昨日はゴメンね!』という軽いノリで済ませられるほど簡単な話でもないので、私はやむなく一歩引き下がると自分の席に着く。


「ハイおはようさん。本日の連絡事項だが……時間割の変更は特になし。あと昼休みに学級委員は生徒会室に来るように、だそうだ」


 担任である石松はギリギリ聞き取れるくらいの早口で告げ、手元のクリアファイルをペラペラと捲っていく。

 ふと、その手の動きが止まった。同時に眼を凝らしながらプリントを見る石松は、顔をしかめながら小さな声で続ける。


「あーと……最近、西山地区で不審者が多数目撃されているそうだ。夢見ヶ丘地区でも被害が出ているらしい。

 黒いフード付きパーカーを着た、身長の低い男。年齢は二十代後半、丸いサングラスと白いマスク着用……と。

 まぁ滅多に会わんと思うが、お前らも帰るときは注意しろよ~。以上」


 最初の表情の割にさらっと流した石松は、言うが早いかそそくさと教室を後にした。途端、教室にはいつもと変わらぬ喧騒が戻る。

あいつか。一昨日ジンと私で追い払った、黒ずくめの不審者。これだけ目撃情報が入ってるということは、懲りずにまた徘徊してるのであろう。悲鳴一つで逃げる肝っ玉なら、あまり目立たない事すればいいのに。

 ざわつく教室の中心で、一人真剣に不審者のことを考えていると、ふとさっきまで何をしようとしていたのかを思い出した。そうだ、私は柿崎君に謝罪しようとしていたんだ。

 すぐに視線を窓際に向けると、相変わらず頬杖をついたまま窓の外を眺めている柿崎君が目に入る。授業の開始まであと五分……昨日の続きを話すには少しばかり心許ない時間ではある。かといって、何もしないままでは謝るきっかけも作れない。

 しばらく悩んだ末、私は結局立ち上がると柿崎君の座る席に向かって歩き出した。すぐに彼の目前まで辿り着くけれど、相手はこちらの接近に気付く素振りも見せない。

 どうか無視されないように……胸の内で祈りながら、小さく息を吸うと声と共に吐き出す。


「柿崎君、ちょっといいかな?」

「…………」


 私の声は届いているのだろうけれど、頬杖を崩すことなく未だに窓の外を見続けている。完全に無視を決め込むつもりなのかもしれない……不安が徐々に大きくなるものの、このまま黙って引き下がるわけにもいかない。

 ならば、目には目を。歯には歯を、だ。


「放課後でいいから、ちょっと付き合ってくれないかな……一本桜まで」

「……!」


 今度は、明らかに息を呑む音が聞こえた。試しでやってみたものの、やはりあの場所を出すのはそれなりに効果があるみたいだ。昨日自身が放った言葉をそのまま投げかけられた柿崎君は、言葉には出さなかったけれど小さく頷いた。

 うん、今はこれでいい。ほっと胸を撫で下ろしたその時、計ったかのように始業のチャイムが教室に響き渡った。私は小さく会釈をすると、急いで自分の机に戻りノートを開く。

 またあの場所に二人きりになるのは気が引けるけど……今度は大丈夫。柿崎君が本当に私の為を思って昨日の言葉を口にしたのなら、謝ればきっと分かってくれるはず。

 不安と緊張が織り交じった妙に不快な心境のまま、一時間目の授業が始まった。

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