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21~茜の記憶~

 ここは、どこだろう?

 私はついさっきまで、ベッドの上で流花ちゃんと星空を眺めていたはずなのに。いつの間にか、寝巻き姿のまま屋外に立っていた。

 空に浮かぶうろこ雲はうっすらと赤く照らされ、夕暮れ時であるのは明白だ。周囲を見渡すと、いつの日か見たことのある景色――小さなブランコ、ジャングルジム等の遊具が置かれている公園――が広がっていた。

 ここは……そうだ、幼いころに四人でよく遊んだ公園。通称『あかね公園』だ。

 私と仁君が住んでいる西山地区と、河波君と流花ちゃんが住んでいる夢見ヶ丘地区。その境に存在する公園は、それはもうたくさんの子供たちが集まったものだ。

 立地している場所が地区の境目であるため、そこで知り合う友達は半分の確率で違う地区。故に進学すると学区も変わってしまうことから、昔から『出会いと別れの公園』として揶揄されていたらしい。もちろん、幼い子供がそれに気付くのは当分先の話なのだけれど。

 実際、私がその事実を知ったのも中学に入ってから。一度は離れてしまった友達と中学で再会したときは、本当に嬉しかった覚えがある。

 だからこそ、私たち四人は本当に強い絆で結ばれている自信がある。幼い頃の別れを経験し、六年の時を経てまた再会出来たのだから。

 ……まぁ、離れていたのは学校だけで、小学生のときも公園では時々遊んでいたのだけれど。


(……あれ、あの子)


 ふと、私は公園の入り口からこちらに向かって歩いてくる、一人の男の子に目を向ける。

 身長は現在の私より少し小さい感じで、学ランを着ていることから中学生であることは一目で分かった。しかも、胸元に輝く校章は私も通っていた公立西山中学校のもの。

 私は現状を理解するために、男の子に声をかけようと近づく。男の子は妙に剣呑な雰囲気を放ちながら、大股で私の元へ歩いてきた。

 この時点で、私と男の子の距離は数メートル。あと数歩歩けばぶつかる距離にもかかわらず、男の子は歩くスピードを緩めない。


(ちょっと、ぶつかるよっ!)


 注意を促すものの、男の子の耳には届いていないみたいだ。仕方なく無理矢理静止しようと男の子に手を伸ばすと――あろうことか、私の手は男の子の頭をすり抜けてしまった。

 衝撃的な出来事に慌てながらも、私は改めて己の手を見つめる。ここに至って、私の手が微妙に透けていることに気がついた。


(ってことは……これは夢?

 それとも私が幽霊になっちゃったの?)


 どちらかといえば、前者の方が信憑性は高い。私自身幽霊は信じないタチだし、その手のオカルトじみた出来事に遭遇した記憶も無い。

 ならば、夢だと自覚できる夢――覚醒夢と結論付けた方がよっぽど賢いと思う。

 やっとのことで落ち着いた私は、胸を撫で下ろしながら静かに振り返る。私の体をすり抜けていった男の子は、まっすぐ歩いていくとジャングルジムの上方を見つめ、そして口を開く。


「おい仁、降りて来いよ!」

(えっ? 仁君!?)


 聞き間違いではない。今確かに、この男の子は仁という名前を呼んだ。

 固唾を呑んで展開を見守っていると、ジャングルジムの上で夕日に照らされた一つのシルエットが少しだけ動く。そして数秒後、そのシルエットは一気に大きくなり――。



 ズタッ!



「……ってぇぇぇ!」

(嘘、でしょ?)


 ようやく姿の見えるようになった元シルエットの人間は、地面に屈んだまま小さな呻き声を上げた。どうやら、ジャングルジムの頂上から地面まで飛び降りた様子だ。

 あまりの無茶ぶりに呆れながらも、私は心配になってその人間に近づく。


「おいおい、バカじゃねえのか。自分から怪我してどうする」

「う、うっせぇ!」


 屈んだまま対面に立つ男の子を見上げ、歯を食いしばりながら吼える少年。その顔には、私も見覚えがあった。


(仁君……まだちっちゃいなぁ)


 そう、対面の男の子と同じ制服を身に纏うやや長髪の男の子は間違いなく、中学生時代の仁君だった。まだ顔立ちが幼い感じからして、きっと中学前半の頃の仁君だろう。

 痛そうに唸る仁君が心配になって私も一緒に屈むけれど、患部を撫でることはおろか、声をかけることすらもままならない。歯がゆい気持ちのまま、私は事の成り行きを見守ることにした。


「んで、お前から呼び出しておいて遅れるとはいい度胸だな。

 一体何の用なんだよ、達弘?」

「んーと、なぁ……少しばかり相談があってよ」


 達弘、という名前を聞き、私は慌てて背後に立つ男の子に目を向ける。高校生になってから一気に成長していて気付かなかったけど、よく見ればこの男の子は中学時代の河波君ではないか。

 あまりの面影の無さと幼さにギャップを感じ、私は思わず吹き出しそうになった。今では身長も高くてがっしりしてるのに……この男の子、本当にあの河波君と同一人物なのだろうか?

 私が胸中で他愛も無いことを考えている間にも、話はどんどん進んでいく。


「相談って……七瀬のことか?」

「お前ってこういう時無駄に察し良いよなホント。そうだよ」

(私のことで、相談……?)


 急に自分の名前が出てきたことに驚きつつ、もう一度河波君の顔を仰ぎ見る。

 横から夕日に照らされた表情はもちろん赤いのだが、それ以上に……含みのある紅色に染まっていた。


「そりゃ、俺だって知ってるさ。お前が七瀬のことを好きなことくらい」

「なっ! ……はぁ、いつからだよ。いつから知ってた?」

「んー……いつから、ってこともないけどさ。

 お前、中学で一緒のクラスになったとき、本当に嬉しそうだったじゃんか」

「……全てお見通し、ってことかよ。自分のことには無関心な朴念仁のくせに」

(河波君が……私のこと、好きだったの?)


 唐突に明かされる新事実に、私の心拍数は否応なく上がる。そりゃあ、好きだといわれたら悪い気はしないし、他の男子ならともかく昔から仲良くしてきた河波君だもの。

 しかし、それを仁君が見抜いていただなんて……仁君の朴念仁っぷりは散々味わってきたので、河波君の悔しさには少しばかり同情する。


「誰が朴念仁だ!」

「お前に決まってるだろうが!

 ……お前、まさか七瀬がお前のこと好きだって事実、知らないわけ無いよな?」

「……………………は?」

(は? じゃないでしょーが仁君のバカッ!)


 当たらないと分かりつつも、私はどうにかしてこの真性の朴念仁を叩こうと腕をバタバタと振る。まさか本当に気付いてなかったなんて……。

 中学の頃からこの調子だったことを再確認し、少し泣きそうになる。私はいつだって、仁君のことが大好きだったのに。


「そらみろ、やっぱり気付いてないじゃねぇか!」

「だって、お前の言う好きって『友達』としての好きだろ?

 お前の場合は『恋愛』での好きじゃねーか!」

「だーかーらっ! 七瀬はその『恋愛』としてお前が好きなんだって!

 ここまで言わなきゃ分からないのかボケ念仁がっ!」

「ぼっ……誰がボケ念仁だ!」

「おめぇだあぁぁぁぁぁっ!」


 夕日に照らされながら叫ぶ二人は、まさに青春真っ盛りだなぁ……私も叫ぼうかな?

 そんな現実逃避をしながら、遠く虚ろな目で幼い仁君を眺める。本当に、救いようの無い朴念仁だということはよーく分かった。

 軽い頭痛がしてきたところで、叫び終えた河波君は息を切らしながら言葉を続ける。


「はぁ、はぁ……とにかく、問題はそれなんだ。

 俺は七瀬が好き。だけど、当の本人はお前のことが好きだからぶつかっても玉砕は確定。

 だからどうすればいいかって、そーゆーことだ!」

「落ち着けって……うん、お前の言いたいことは分かった。

 まず玉砕確定って決め付けるのはどうなんだ? 本人に直接聞いたのか?」

「うっ……聞いてないけど、見れば分かるだろ」

「分からん。俺は別に普通に七瀬と話してるけど、今までどおり普通だ」

「だからよぉ……その普通が周囲からすれば普通じゃないんだってーの!」


 二人の熱い会話を聞きながら、私は中学時代の自分を振り返る。

 確かに、思春期を迎えた私は幼馴染として長きを共に過ごした仁君のことを、恋愛感情で好きになっていた。

 けれど、思春期なのは周囲も同じ。あまり目立った好意を向けて冷やかされるのも嫌だったので、私としては自然に振舞っていたつもりなのに……流石は河波君、鋭いなぁ。


「だったら普通って何なんだよ! 幼馴染と一緒に話して、飯食って何が悪い!」

「えーっと、だからなぁ……あーもう、じれってぇな畜生が!

 どちらにせよ、七瀬はお前に好意を抱いている! それは変わらぬ事実だ!」

「だからどうしたっ! お前が気持ちを伝えなきゃ、七瀬に気持ちは伝わらないだろうが!」

「お前に……お前に俺の何が分かるんだ!

 俺は七瀬が幸せでいて欲しいから、傷つけたくないから……自分の気持ちを閉じ込めて、ただじっと朴念仁に想いが届くのをひたすら応援している、俺の気持ちが分かってたまるかぁっ!」


 咆哮にも似た河波君の叫びに、私は心を思い切り揺さぶられた。

 こんなにも幼くて、か弱くて、だけれど誰よりも私のことを考えてくれて……何故、何故私は河波君の気持ちに気付いてあげられなかったのだろう。

 私と仁君をくっつけようと躍起になっていたのに、こんな裏が隠されていただなんて。いつだって笑顔で支えてくれた、一緒に笑ってくれた、かけがえの無い親友の一人。

 私は……私のほうが、仁君なんかよりよっぽど朴念仁だ。


「分かんねぇよ……そこまでするほど、お前は七瀬のことが好きなのか?」

「あぁ。俺は友達に嘘はつかない。たとえ恋敵だろうと、仁……お前は俺の親友だからな」

「達弘……」


 二人の間で交わされる視線、それはとても中学生とは思えない達観した眼で……見ている私は胸が締め付けられる思いだった。

 そんな二人を照らしていた夕日もかなり沈み、あかね公園の街灯が点灯した。切れかけの電球が時折耳障りな音を立てながら、チカチカと点滅を繰り返す。

 不意に、仁君は笑みを浮かべると同時にうな垂れる。少し長い前髪が眼を隠し、口元から覗かせる八重歯も相まって野生的な雰囲気を醸し出していた。


「お前の気持ち、俺にきちんと伝わった。

 だったらさ……それなりの覚悟はあるんだよな?」

「覚悟?」

「あぁ……親友であり恋敵である俺と、拳で語り合う覚悟だ。

 お前がどれだけ本気なのか、俺も少し気になった。弱虫達弘から卒業出来たのか、見せてくれよ?」

「……上等だ。吠え面かかせてやるよ、朴念仁が。

 今の俺は、昔の俺とは違ぇんだよ!」


 二人の会話があまりにも早すぎるのか、それとも私の思考が鈍っているのか……どちらにせよ、現状が理解できなかった。

 ただ一つ分かることは、一触即発の空気の中、二人が喧嘩をしようとしていることだけ。


(二人とも、やめてぇっ!)


 私は思わず叫ぶけれど、もちろん二人に声は届かない。

 必死に止めようと画策している間にも、二人とも準備が整ったのか腕を構えたままじりじりと間合いを詰めていく。

 これは遊びなんかじゃない。本当に本気で気持ちをぶつけるための喧嘩――それは『戦い』と言い換えてもいいのかもしれない。

 そんな戦いを鎮めるべく、私は必死に叫ぶ。手を伸ばす。けれど、決して二人には届かない。

 どうして、どうしてこんなことで戦わなきゃいけないの? 疑問は疑問のまま私の胸にしこりとして残り、えもいわれぬ不快感に襲われる。


「「うおあぁぁぁぁっ!」」


 そして、二人の叫びは同時に暗がりの公園に響き渡り、拳と拳が交錯する。

 夢なら早く覚めて……そんなことを願いながら、私は必死に目を覆った。

 すると、そんな願いを聞き入れてくれたのだろうか。視界が一気に真っ白になると、目の前の二人も同時に消えていった。

 そして私も消えていく――。

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