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20~泣きたいときは泣けばいい~

 ゆさっ、ゆさっ……。


(ん……っ?)


 静かに揺らされる体に不快感を覚え、俺はゆっくりと体を起こす。さっきまで涙を流しながら星を見上げていたはずなのに……寝てしまったらしいな。

 小さな欠伸を漏らしつつ、俺は震源であろう方に顔を向ける。


「全く……いつもなら起きている時間だろう。わらわが来ることを忘れておったか」

(悪い、俺も無意識で寝てたんだ。……おはよう、でいいのか? 千凪)


 そこには、淡い光を発しながら浮かぶ超ミニサイズの人物――女神こと千凪がいた。今日は出現シーンを見逃した所為か、いつもの巫女装束姿であったが。

 少々不満げな表情であったが、やれやれといった様子で首を振ると、昨日の延長のような憂いを帯びた目になる。

 理由は……聞くまでも無いだろう。俺から訊ねるような不躾なことはせず、彼女自身から口を開くのをじっと待つ。


「……どうした、元気が無いじゃないか」

(それは鏡を見て言えっての。……愚痴や相談なら聞くぜ?)

「うっ……分かった、話そう」


 やけにあっさりと認めた千凪は、ゆっくり降下すると俺の隣にぽすんと座る。ベッドが沈み込まないあたり、やっぱり彼女自身に実体は無いみたいだ。

 ちなみに現在、俺は七瀬の寝ているベッドの端にちょこんと寝そべっている状態。仲島は……何故か床で寝ている。寝相悪過ぎか。


「ふむ……お前の彼女の友人か?」

(あぁ、そんな感じ。昔からの腐れ縁ってのが最適解かもなぁ)


 そう。俺と七瀬に加え、達弘と仲島は幼稚園からの付き合いなのだ。

 とはいえ、俺たちはずっと同じ道を歩んできたわけではない。幼稚園では四人とも同じだったものの、小学校では校区が違うため一度離れ、中学にてもう一度再会。そのまま同じ高校に進み、今に至るというわけだ。

 故に四人とも無駄に仲が良いし、腹を割って話ができる。端的に言えば『親友』なのだ。


「ふぅむ……なんか、いいな。そういうの」

(いいなって、千凪にはそういう親友いなかったのか?)

「まぁ、な。わらわは――」


 俺はじっと千凪の言葉を待つものの、途中から声のトーンがどんどん下がる。流石に今後の展開は読めているから、俺は黙ったままそっと千凪に身を寄せた。

 相変わらずの温かい体温。しかし小刻みに震える体が、千凪の心境を代弁していた。

 言葉にせずとも伝わる深い悲しみは、千凪の口から嗚咽と共に吐き出される。


「わらわは……わらわはずっと一人だった。

 十三年前に死に、女神という役職を与えられ、今まで幾つもの魂を見てきた。

 言葉は通じても、思いは通じない。そんな魂に触れ、導き続け……同じことの繰り返し。わらわはもう疲れた。

 そんな時、わらわはお前の魂に触れる機会を得たんだ」

(…………)


 唐突に始まった千凪の吐露は、俺の思う話の方向と少しだけズレている。しかし、黙って聞くことに専念した。

 先刻、仲島に言われた言葉を反芻しながら。


「お前ほど死後に自我が残っていることは稀でな……ましてや、わらわの孤独を見抜くような人間だ。あの時は本当に嬉しかった。

 少しおふざけが過ぎたかもしらんが、わらわも不器用なのだ。あぁしなければ、きっと輪廻の道へ送り出すことを躊躇っていたかも知れないからな」

(そう、だったのか……)


 空元気だとは思っていたけれど、まさかそれほどのものだったとは……少し軽く考えていた自分を殴りたくなる。

 歪んだ表情で文字通り歯噛みしながら、俺は更に千凪の言葉を待った。


「だが、皮肉なものだな。結果、わらわのミスとして仁の魂はチワワに上書きされ、折角のチャンスを一週間だけと定められてしまったのだから。

 わらわがもっとしっかりしていれば……っ」

(だーかーら、その件は俺も納得したって言ってるだろ?

 別に千凪は悪くない。運が悪かっただけさ)


 今にも滂沱してしまいそうな千凪を、俺は笑顔で慰めてやる。まぁ、犬の笑顔が千凪に届くかどうかは分からないが。

 すると、何故か千凪は先ほどよりも目を潤ませた。これは逆効果だったか……と、少し悔やみながら固まっていると――。


「ひぃとぉしぃぃぃぃぃっ!」

(ち、千凪っ!?)


 突然、千凪が正面から俺を抱きしめてきた。昨日と同じような展開のはずなのに、今日は何故か羞恥心の方が勝ってしまう。

 相手は普通の女の子、しかも実体なき女神。意識するほどでもない相手のハズなのだが……。

 俺の耳元ですすり泣く千凪は、昨日よりも少し長い時間、温かい涙を流し続けた。一滴、また一滴……俺の体に染み込むそれは、どれもが悲しみを秘めている気がした。

 だとすれば、千凪の中から悲しみが溢れ出ているのだろうか。もしそれが本当だとしたら、俺はいつまででも千凪の涙を受け止める。俺が一緒に背負ってやる。

 しばらくして、千凪の嗚咽が弱まってきた。機を見計らって体をそっと離すと、俺の目に映るのは名残惜しそうな表情をする千凪のくしゃくしゃな顔。


「……二日連続で、みっともない所を見せてしまったな」

(いや、年相応の反応だと思うけどな。お前はもっと無理せず、ありのままでいればいい。

 少なくとも、俺と話すときくらいは素をさらけ出せよ?)

「そう、だな。わらわは少し、仁に甘えていいのかもしれないな」


 徐々に戻りつつある笑顔を見て、俺は思わずほっと一息つく。

 悲しむときは悲しんで、泣きたいときは泣けばいい。そして、立ち直ったときに前を向けるのなら、その悲しみも涙も決して無駄ではないのだろう。

 妙に哲学的なことを頭に思い浮かべていると、千凪はハッとした表情で時計を見る。相変わらず、時間には厳しいらしい。


「そろそろ時間だ……結局伝えるべきことを忘れていたな。全く、わらわも堕ちたものよ」

(堕ちてもいいじゃないか。ずっと天ばかり見上げてたら、いつかポックリ逝っちまうぜ?)

「もう死んでるわ! ……って、仁みたいに突っ込んでみたかったんだ。振ってくれてありがとう、仁」

(どういたしまして。んじゃ、今日話せなかったことはまた明日にでも……って、やっぱ気になるから今教えてくれ!)


 そう、本日の真夜中の会合はあまりにも話が脱線しすぎた。いくら千凪の心を少しばかり癒せたとはいえ、本題にすら入っていないのだ。千凪に足労してもらった意味が無い。

 そんな俺の反応を見た千凪は、またしても昨日と同じように苦笑する。同時に、彼女の体が光に包まれ始めた。

 輪郭がぼやけ、体が光子となって消え去る寸前、最後に聞こえたのはこんな言葉だった。



「では、簡潔に言おう――わらわは、女神を辞めることにした」

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