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19〜星に願いを宅せたなら〜

 その後夕飯を共に食べ、風呂に入り(ちなみに体を流してもらっただけ。別に一緒に入ったわけではない)、気付けば夜の十時。いくら夏場とはいえ流石に外も暗く、空には微かに煌く星が点々としている。

 もちろん色彩は失われたものだが……光くらいは感知できる。色が無いことを除けば、犬目線でも綺麗な星空じゃないか。


「ナナー、あれ何座?」

「んー……って、あの星は星座の一部なの?」

「知らん、何となく聞いてみた。ついでに面白い回答を期待していた」

「えぇ~。私に面白さを期待しないでよ」

(……あぁ、姦しいな)


 ベッドに腰掛けている二人の女子の声を聞きながら、俺は溜息混じりに空を見上げる。 

 女は三人寄って姦しくなるというが、二人でも十分に姦しい。この二人の仲が良過ぎるのか、はたまた女性とはみんなこんなものなのか……どちらにせよ、俺の理解を超えている。

 しかし、その姦しさは不思議と嫌じゃない。人間の頃だったら息苦しくてすぐにでも逃げ出したのだろうが、犬としてならそこまで気にならない。寧ろ、心地よいくらい。

 心地よいと言えば……俺がこの身に生まれ変わって以降の話だが、七瀬は割と笑顔で過ごしている。今朝の一件では少しだけ憂いを見せたものの、それ以外であまり悲しい表情を見ない。

 その点に関しては、俺としてはとても嬉しい。もしも七瀬がずっと意気消沈したまま暮らしていたら、俺は自分が死んだ事実や自分の取った行動、果ては自分自身を恨むかもしれなかった。無論、それでも一切の後悔が無いかと問われたら即答は出来ないが。


「おっ、流れ星だ! 彼氏欲しい彼――あー! 流れるの早すぎるわ!」

「……流花ちゃん、その『三回唱える』説を信じてるんだ~」

「少しくらいは夢を見せてくれてもいーだろう!」


 ……そういえば、迷惑をかけた人って七瀬以外にもたくさんいるんだよな。両親、長きに渡って親友でいてくれた達弘、影ながら俺たちの関係を支えてくれた仲島。クラスメートや先生にも、か。

 振り返れば、俺の周囲には結構人がいたんだな。人は一人で生きられないってよく言うが、全く以ってその通りだ。

 勝手に死んでゴメン。俺は心の中で、今まで関わってきた人々を想いながら謝罪する。


「ねぇ、アレって天の川じゃない?」

「そうかもねぇ……」

「……やけに関心ないんだね」

「まぁね。私、七夕のお話ってあんま好きじゃないから」

「えーと、織姫と彦星が云々ってやつ?」

「それそれ」


 ひとしきり謝罪を終えた矢先、ふと耳に飛び込んできた二人の会話。そういえば、もうすぐ七夕なんだっけ。

 七夕といえば、実は七瀬の誕生日だったりする。そもそも七瀬が七瀬という名前なのも、『七夕に天の川の瀬でいい人と巡りあえる様に』という意味が込められているとかいないとか。

 そんなわけで七夕は毎年のように七瀬の家に誕生日を祝いに行き、ついでに家族で夕飯も食べて、最後は星を見ながら一泊。それが幼少期の七夕の過ごし方だった。

 もちろん、家族ぐるみの付き合いが減った中学の頃からは、その定例行事が行われなくなった。それに伴って七瀬の誕生日を祝うのも基本的にメール、一緒に星を見ることも無くなったんだ。

 そして、七瀬と付き合い始めて初めての七夕。隣に一緒にいて、俺自身は七瀬を祝うことが出来る。なのに、その思いは七瀬に届かない。


「私さ、織姫の待ち方が気に食わんわけよ。本当に好きなら泳いででも会いに行けよ、って。そう思う」

「けど、年に一年だけ会うのを心待ちにしてるんだよ? ロマンチックだと思うけど……」

「だったらさ、七瀬ならどうする? 一年に一度しか会えない恋人をずっと待てるか?」

「う……自信ないかも」


 質問に言葉が詰まる七瀬、そしてニヤリと微笑む仲島。頼むからあんまり七瀬を苛めないでくれ。とはいえ、仲島の意見も分からないでもないが。

 仲島の言動にまたしても溜息をつき、もう一度空を見上げる。星の色は分からないけれど、配置は見覚えがあるから大体の見当はついた。

 上のほうに見えるのは、こと座のα星であり織姫の星、ベガ。その右下に見えるのは、わし座のα星であり彦星の星、アルタイル。最後に左下に見えるのは、白鳥座のα星、デネブ。

 どれも眩い光を放っていて、その存在が周囲より強調されている。流石は夏の大三角と呼ばれるだけのことはあるな。

 俺がしみじみと物思いに耽りながら星を見ている間にも、二人の会話は続く。


「まぁ、そんなことはどーでもいいのだが」

「どーでもいいの!?」

「ここでナナの現実をぶち壊してやろうか……文字通りお星様になった、仁に会いたいか?」

「…………」

「ぐるる……(おい仲島っ!)」


 あまりに突然の話題提起に、俺は思わず毛を逆立てて威嚇する。聞かれた当人はもちろんのこと、憂いを帯びた目になった。

 この感じ、やはり今朝の七瀬と同じだ。あの時ももしかすると、俺のことを考えていたのかもしれない。

 七瀬はしばらく沈黙した後、まるで涙を堪えるかのように星空を見上げ、そして小さく答える。


「……うん、会いたいよ。会って、伝えられなかったことを伝えたい。それからいっぱい抱きしめたい」


 ぎゅっ、と何かを絞るようなあり得ない音が、体の中から聞こえた気がした。それがたとえ空耳であっても、俺の胸が締め付けられる音なのは言うまでもない。

 俺だって、気持ちは一緒だ。七瀬に伝えられなかったことを伝えて、七瀬の倍の力で抱きしめ返したい。

 七瀬の本音を聞き、思わず涙が出そうになった。そんな時、俺と七瀬の間にいた仲島が急に立ち上がる。

 

「そっか……よし、この流花様が叶えてしんぜよう!」

「え?」

「くぅ?(どーゆーこと?)」


 叶えるって……そりゃ、確かに俺はここにいるけどさ。もしかして、俺の言葉を翻訳してくれるのか?

 少しだけ期待に胸が膨らむが、仲島は自信たっぷりといった強気な表情で俺たちを見下ろすと、何故か今度はその場にしゃがんだ。


「それじゃ……七瀬、手ぇ貸して」

「う、うん」


 七瀬の華奢で小さな手が、仲島の少しだけ大きな手にそっと触れ、そしてやんわりと握られる。

 突然の行動にいよいよ意味が分からなくなってきた時、仲島の視線が今度は俺の方に移る。


「よしジン、私の左手に前足を置け。異論は認めぬ」

「……くぅ(……分かった)」


 何をしたいのかは相変わらず謎だが、仲島の目があまりにも真剣だったから俺は素直に従った。

 俺が毛だらけの小さな前足をポンと置くと、仲島は意外にも優しく俺の前足を包み込む。仲島の手が肉球に当たってくすぐったいが、温もりは思いのほか心地よい。

 七瀬、仲島、俺の順番で数珠繋ぎになったところで、仲島は目を閉じると小さく口を開く。


「よし、準備は整ったな。

 今、ナナはベガ……つまり織姫だ。そして私がデネブ……つまり白鳥な。最後にジン、お前はアルタイル……彦星だ。この意味、分かるよな?」

「「……っ!?」」


 仲島の言葉に、俺と七瀬は同時に息を呑んだ。彼女の発想があまりに斬新で、そして……的を得ていて。

 つまり、仲島は俺が乾仁であると知った上で、もう会えないであろう俺と七瀬の心に橋を渡したのだ。

 まるで、織姫が河を渡る際に協力した白鳥の如く。


「仁はもういない。この世じゃ会えないだろう。

 けど、今私がその壁を取り払った。七夕にはまだ早いが……よかったな。織姫さんと彦星さんよ」

「……るか、ちゃん」

「ほーら、白鳥のことは気にするな。さっさと愛しの彦星さんと話せ」

「う、うん……えっとね、仁君。私ね、仁君がこの世からいなくなって、本当に寂しいんだから。

 今日だって、柿崎君と喧嘩しちゃったし――」


 そこから、今日七瀬の身に起きた出来事を全て聞かせてもらった。最初は柿崎の行動に苛立ちを覚えたものの、話を聞くに連れて少しだけ落ち着きを取り戻した。

 やはり、仲島は頭悪そうに見えて実はしっかりと考えているんだな。彼女の意見は時々恐ろしいほど確信を突いていて……悟りを開いているのではないかと疑いたくなる。


「――だけど、やっぱり私はまだ仁君のことを忘れられそうにない。

 小さい頃からずっと一緒で、だけど不器用だから気持ちを伝えられなくて、やっと結ばれたのにすぐ離れちゃって……」

「……くぅ(……本当に、ゴメン)」


 七瀬の悲痛に満ちた声を聞いていると、どんどん胸が締め付けられる。同時に生まれるもの、それは――後悔。

 俺は、七瀬の彼氏失格だ。これだけ悲しませておいて、どんな顔して接すればいいんだよ。何で死んだんだよ、俺。

 激しく自分を殴り倒したい衝動に駆られるが、突然七瀬の表情が柔らかくなる。


「けどね、そのおかげでジンに会えた。私一人が不幸じゃないんだって、気付くことが出来た。

 だから、仁君の体は死んでしまったけど、心だけでも幸せでいて欲しいの。私の大好きだった、優しくて勇敢で、誰よりも思いやりのある仁君のまま」

「…………」


 最早言葉にすることは叶わなかった。胸のうちに満たされる七瀬の心は限界を超え、涙となって零れ落ちる。

 犬はあまり泣かないイメージだったんだけどな……意外と普通に涙出るわ、畜生。


「私からは、それだけ。

 最後に……たとえ命尽きても、私は仁君のことが大好き。愛してます」

「……うん、きっと仁にも届いたはずさ。

 それじゃ奇跡の会話タイムはこれにて終了なー」

「くぅ?(ちょ、俺は?)」


 突然の打ち切りに、俺は戸惑いを隠せなかった。てっきり俺の返答もしてくれると思ったのに……なんだこの肩透かし感は。

 しかし、仲島は二人の手を同時に離すと、俺に対して鋭い視線を向け、微かに呟く。


「お前は犬だから喋れないだろうが、アホ。

 それにな……男なら背中で語れ、行動で示せ」

「…………」


 あまりの気迫に、二の句を告げることが出来なかった。

 なんだろうか……仲島は時々、男である俺よりも男らしい。それも不快なものではなく、兄貴分的な心許せる感覚。

 昔は泣き虫だったのに……やっぱり適わないな、この白鳥様には。


「どうだ、ナナ。少しはすっきりしたか?」

「うん……ありがと。私の想い、仁君に届いたかなぁ」

「あったりまえよ! 天の川を流れる花こと流花様の力だぞ?」

「ふふっ、何それ」


 二人は短く言葉を交わすと、同時に微笑み合った。

 そんな二人を眺めながら、俺は先ほどの仲島の言葉を反芻する。



『男なら背中で語れ、行動で示せ』



 そうだ、俺は言葉が通じないことを嘆いてる場合ではない。今の俺にだって、出来ることはいくらでもあるはずだ。

 今の不自由を嘆くより、一週間の命を焦るより、与えられた時間の一つ一つを大切にしなければ。

 心の中で決意を固め、俺はふと仲島の顔を見る。偶然視線が合い、何故か仲島は小さくガッツポーズをしていた。

 同時に動く口、微かな吐息……けれど、俺にはしっかり聞こえる。何千倍と発達した聴覚は確かに、『頑張れよ、仁』と聞き取ったのだ。


「……ぐるる(あぁ、ありがとな)」


 俺も笑みで返し、少し湿った目を乾かすためにもう一度星空を見上げる。

 先ほどよりも、少しだけ三つの星が輝いて見えた気がした。

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