15〜命って? 恋って?〜
予想外の反応に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。この期に及んで理由を聞かれるとは……諦める気がないのだろうか。
ならば、私の想いを打ち明けるまで。そうすればきっと柿崎君も諦めてくれるだろう。
「……理由はいくつもある。まず初めに柿崎君のことを全く知らないから、どう好きになれば良いのか分からない」
「別にそれくらいなら付き合った後にでも知ればいいじゃない。……他は?」
思ったより強く食い下がってくる柿崎君に、私は思い切り気分を害した。しつこい男は嫌いだ。
「二つ目、私は元から男の子に興味がない。だから付き合えない」
「でも、彼氏いたんでしょ? 説得力に欠けると思うよ」
「…………」
あくまで淡々と、しかし強く返してくる柿崎君に私の胸の痛みは一気に怒りへと変換された。ぶちっと言う音が聞こえたのも、あながち空耳ではないのかもしれない。
こういうのを、『堪忍袋の緒が切れる』って言うんだっけ。だったら、もう我慢しなくていいよね。
「……三つ目、私は今でもその彼氏である仁君のことが好きだから! それじゃ理由にならない?」
タガが外れたのか、校舎に反響するほど叫んでしまった。けれど、私に後悔はない。これだけ言えばきっと諦めてくれるはず。
肩で息をしながら震えていると、それでもなお平静を保つ柿崎君は一気に表情を変えた。それは無心でも怒りでも悲しみでもなく……氷のように冷たい『軽蔑』のような目、表情。
「……川本さん、それ本気で言ってんの?」
「本気に決まってるでしょ! 私は事故で死んでも尚、仁君のことが頭から離れないの! 何で分かってくれないの!」
柿崎君の視線が怖くて、私自身のリミッターが外れて、けれど何よりあの事故現場がフラッシュバックした所為で、恐怖を振り切るように私は叫んだ。
同時に両目から流れ落ちる熱い液体。それが涙と気付くこともなく、私は柿崎君を睨み続けた。そうでもしなければ彼はずかずかと私の心に土足で入り込み、あの楽しかった日々を侵してしまいそうだったから。
けれど、私の全力の怒声を聞いても動じない柿崎君。寧ろ、先ほどよりも視線が鋭くなった気がする。
「……だったら、これから一生亡き恋人を思いながら次の恋へと進まないつもり?」
「えっ……」
「だってそうでしょ。まるで川本さんの言い方だと『もう恋はしない』って断言してる様なモンじゃないか」
まさしく図星であっただけに、私は二の句を告げずにいた。
私は仁君との思い出を胸の内へ大切にしまったまま、一生独りで生きていくものだと思っていた。
けれど、それの何がいけないのだろう。たった一人を一途に思いながら生きることを、何故この男は否定するのだろう。
「だったら! ……だったら、柿崎君は大切な人を失ったことがある? 失った人への想い、辛さ、悲しさ、それらを背負いながら生きることの重みが分かるの?」
「……当たり前だろ。辛いのが自分だけだと思ったら大間違いなんだよ!」
「っ!?」
柿崎君の激に、私は思わず身震いしてしまった。蛇に睨まれた蛙とはまさしくこのことなのだろう、柿崎君の視線に貫かれた私は目を逸らすことが出来なかった。
怖い、怖い、怖い……けれど動かない体に、私の頭は真っ白になってしまう。
すると、走馬灯のようなものが私の頭を駆け巡った。あれ、私なんでここにいるんだっけ? そんな疑問さえも、正常でない頭では答えを導き出せないでいる。
「そもそもさ、川本さんの彼氏――乾だっけか? アイツが死んだことでどれだけの人間が迷惑か分かってんの?
事故の詳細は聞いたけどさぁ……チワワ一匹を救うためにトラックに轢かれた? ふざけるのも大概にしとけよ!
命を省みない行動が格好いいのかどうか知らねぇけどな、それで死んで残ったものは何だ? ……チワワの命一つと、周囲に撒き散らした沢山の不幸だけじゃねぇかよ。
トラックの運転手はアイツの蛮勇のお陰で捕まるし、家族やクラスメート、ひいては彼女も悲しませるし。自分勝手もいい加減に――」
パシイッ!
「仁君の命をバカにしないで! あなたに仁君の何が分かるのっ!」
気付けば、私は柿崎君を思い切りビンタしていた。ここまでの行動に出たのは、仁君以外の人間に対しては初めてかもしれない。
けれど、こればかりは我慢ならなかった。たとえ誰であろうと、仁君の死を邪険にする人間は許さない。
この時に冷静になっていれば、もしくは謝罪の言葉も出てきたのかもしれない。しかし頭に血が上っていた私は、一刻も早くこの男から離れることだけを考えていた。
「仁君がいなくなって喜んでいる人がいるって風の噂で聞いたことあるけど……あなたもその一人だったのね。
もういい、私は絶対にあなたを――」
「はいはいはいストーップ。かわもっさんも悠も、こんな場所で喧嘩は止せって」
私がもしかしたらとんでもない言葉を吐き捨てようとした時、背後から近づく人間の声によってそれは遮られた。
第三者の介入など予想だにしていなかった私は、慌てて声のした背後に振り返る。
「全く……お前ら大声出しすぎ。青春しすぎ。ついでにかわもっさんは手出しすぎ」
「そーだよ。何があったか知らないし興味もないけど、ナナはとりあえず落ち着きなよ」
そこには、私は見慣れた二人の姿があった。良きクラスメートであり仁君の親友の河波君、そして私の親友である流花ちゃん。
どうして? と疑問が沸いたものの、そりゃあそれなりの聴衆の前での誘いだったのだ。噂として広まっていてもおかしくはないだろう。
私の隣には流花ちゃんが、柿崎君の隣には河波君が立つと、少しの沈黙の後に河波君が口火を切った。
「はぁ……ま、さっき声が聞こえたから流花と一緒に来たわけだが。悠、お前一体かわもっさんに何したんだ?」
「黙秘権を行使する。お前には関係ないだろ」
「……つーことだ。かわもっさん、答える気はあるか?」
「…………」
正直なところ、ここで起きたこと全てを曝け出したかった。しかしここで洗いざらい話してしまえば、またこの場の空気が暗くなる。
そんな負の連鎖を避けるため、私はあえて首を横に振った。仁君のことでここまで悲しみ怒るのは、私だけで十分だ。
「そっか。じゃあこの場での出来事はそれなりに忘れて、明日からは仲良くな。
俺は悠と一緒に行くから、流花はかわもっさんと一緒に帰れ」
「む、命令形とは何様だ達弘よ。今度お前さん家にあるエロ本の在り処を――」
「悪かったすみません。一緒に帰ってあげてくださいませ」
「うむ、よろしい」
二人は私を気遣ってか、それとも平常運行なのか小漫才をした後に手を引いて歩き出す。
河波君と柿崎君は正門の方向へ、そして私と流花ちゃんは西門の方へ。上手いこと接触しないように配慮してくれた二人に感謝しつつ、私は泣き腫らした目をこすった。
「……よし、帰りは少し遠出してシュプラン行くぞ。そこでゆっくり、ナナの気持ち聞くからさ」
「うん……ありがと」
ひりりと痛む右の手の平でちくりと痛む胸をさすりながら、流花ちゃんと左手を繋ぎ西門へと向かった。
柿崎君には悪いことしたな……やっぱり許せない点もあるけれど、私にも非はある。今度話すときはきちんと謝ろう。




