14〜告白〜
「……はぁ」
放課後、私は重い足を引きずりながら校舎の裏にポツンと生える桜の木へと向かった。
理由は言う間でもなく、昼休みの柿崎君の衝撃的な言葉だ。
そもそも、何故私がこうして気を揉みながら桜の木へと向かっているのか。理由は二つある。
一つは柿崎君の人柄にある。私にとってあの手の軽そうな人間は正直なところ受け入れ難いので、あまり関わり合いになりたくは無い。
そしてもう一つ、それは呼ばれた場所が一本桜だという点だ。
「……まだ来てない、か」
人を呼びつけておいて先に来ていないとは……失礼な男だ。まぁ、気持ちが幾分か楽になったのは否定できないけれど。
何故なら私は、私の思い違いでなければ――今日、ここで告白される。
そう仮定する理由は、この学校に伝わるとある伝説に起因する。伝説は大袈裟かもしれないが。
曰く、『校舎裏の一本桜の下で告白すれば成就する』とのことらしい。ありきたりな話ではあるけれど、実際にカップルとなった人はかなり多い。
そして、その事実をよく知っているのが私だったりする。何故なら私自身も仁君に告白する際、流花ちゃんと河波君の助力を得てここをセッティングしてもらったからだ。
もちろん結果は大成功。ここじゃなくてもきっと成功していたとは思うけれど、私がこの場所に後押しされたのは否定しようのない事実。
故に、私はここを訪れるのを躊躇った。仁君との思い出の場所で、他の人の告白など聞きたくなかったから。
けれど何の断りも無く約束をすっぽかせば、間違いなく柿崎君の心証が悪くなる。それを元にゴタゴタと騒ぎを起こしたくなかったため、渋々ながらこうして足を運ぶことにした。
とはいえ、もしかしたら告白ではなく普通に話をしたいだけなのかもしれない。淡い期待を抱きながら、私は柿崎君の来訪を待ち続ける。
「やぁ」
「きゃっ!」
背後から突然掛かった声に振り返ると、件のチャラ男――柿崎君が桜の木の裏から現れた。
あまりに気配がしなかったものだからか、私が居ないと思い込んでいたみたいだ。
花は既に散り、今や葉桜となった巨大な木の下、ツカツカと歩み寄ってくる柿崎君。こうして並んで立つのは初めてだけど、私よりも身長が低いとは……牛乳飲んだ方がいいと思う。
そんな他愛も無いことを考えつつ、私は平常心を装って口を開く。
「……まさか、ずっといたの?」
「うん、川本さんが気付かなかったから……意外と鈍いんだねぇ」
「……大きなお世話よ」
ストーカーじみた行為をあっさりと認めて笑う柿崎君に、私はこの時点でかなり気分が悪くなった。呼び出しておいて単なる悪戯だったら、私はもう二度と彼奴とは口を聞かない。
奇妙な決意が固まったところで、私は盛大に警戒心を剥き出しにしながら彼を見下す。その空気を感じているかどうかはわからないが、相変わらず笑顔のままで口を開く。
「あはは、悪かったよ。……さて、早速だけど本題に入ろうか」
「…………」
悪びれぬ謝罪に続く唐突な真剣顔に、私も流石に戸惑いを隠せなかった。冷や汗をかきながら黙りこくったまま、じっと次の言葉を待つ。
初夏の心地よい風が二人の間の静寂を程よく掻き消し、木と共に二人の髪をなびかせる。前髪が暴れて柿崎君の顔がよく見えない。
けれど、ただ分かることが一つ――この人、本気の目をしている。
「川本さん、この木の言い伝えは知ってるよね?」
「……告白すると云々、ってやつ?」
「なぁんだ、知ってるんなら話は早いね。じゃあ遠慮なく――」
私の回答に笑みを浮かべた柿崎君は、特に緊張した様子も無く大きく息を吸うと一言。
「――俺と、付き合ってくれないか?」
「…………」
信じたくはなかった。けれど、こうして面と向き合い言葉を交わし、想いを伝えられてしまった以上、私は『逃げる』という選択肢を失ってしまった。
いや、正確には逃げることも出来る。けれど、ここで逃げたら私はずっと逃げ続けなければならない。逃げるだけの人生なんて、絶対に嫌だ。
残された選択肢は『Yes』か『No』の二つのみ。ならば、私は――!
「……ごめん、柿崎君とは付き合えない」
「…………」
後者の『No』を選ぶ、これで良かったんだ。下手にずるずると期待を抱かせるより、ばっさりと切り捨てる方が私のためであり、同時に柿崎君のためだから。
返答を聞いた柿崎君は無表情のまま、見上げるようにして私の目を見据える。無言を貫いたままだけれど、どうやら黙って立ち去る気もないらしい。
「……なんで?」
「は?」
「なんで、俺じゃダメなんだい?」