12〜ただいま〜
昇降口で息を切らしながら流花ちゃんと別れ、二階まで河波君とダッシュ。ギリギリで遅刻を免れた私は、軽くかいた汗をハンドタオルで拭いつつ席に着く。
対する河波君は汗一つかいた様子も無く、涼しい顔でクラスメートに挨拶をして回っていた。流石は元野球部、体力が違うなぁ。
「おっすー! 七瀬久しぶりー!」
「みんなー、川本さん復活したぞー!」
そうしているうちに、私の周りにどんどんと人が集まってきた。一昨日は私を見た瞬間に半数が心配そうな表情をしたものだが……。
脳内に浮かぶ違和感をおくびにも出さず、私もテンションを合わせて笑顔になった。
「みんな、久しぶり! ……元気にしてた?」
「おいおい、かわもっさんがそれを聞くかよ? ……何はともあれ――」
ツッコミと共に河波君が口火を切り、すぐに訪れる沈黙。しかし、その静寂は一気に破られる。
全員が視線を交し合うと、一斉に大きく息を吸い、そして同じ言葉を発する。
『おかえりっ!』
耳朶を打つたった四文字の言葉。でも、それはクラスのみんなが私に対して送ってくれた言葉。
その気持ちがとっても嬉しくて――いつの間にか私の視界はぐにゃりと歪んでいた。
あれ、眩暈? でも、別に頭は痛くないし……なんだろ、妙に目頭が熱いなぁ。
「ちょ、あの気が強い川本さんが泣いてるぞ!?」
「あーあー、ほら泣かないの」
男子からは驚きの声を浴び、女子には急に抱きしめられたり撫でられたりして慰められた。
この状況に至って、私は初めて自分が泣いていることに気がついた。私を抱きしめている女の子(保健室に連れて行ってくれた子)のシャツに涙が染み込んでしまい、少し申し訳ない気持ちになる。
だけど、こうして迎えてくれることがとても嬉しかった。仁君がいないのはやっぱり寂しいし悲しいけど、それでも私は一人じゃないと教えてくれるクラスメート。
嬉しいはずなのに、涙が止まらない。もうすぐ授業が始まるし、そもそもこれだけ大勢の人前なのに……。
すっかり涙腺がゆるくなって自分に驚きつつ、流石にこれ以上泣いていると担任が来てしまいそうなので、私は涙を堪えて笑顔を見せる。
「はいはい席に着けよー! おっ、川本復活したみたいだな! おはようさん」
噂をすれば、とはまさにこのことだろう。タイミングよく教室に入ってきた担任の石松を見て、クラスメートの皆がぞろぞろと席に着く。
しかしHRも今日の連絡を簡潔に伝えただけで終わり、一時間目の授業が終わるまでの数分間、もう一度私の周りには人だかりが出来ていた。
思えば、一昨日は私に声をかけたのはほんの数人だったな。クラスでも最近はいつも仁君と一緒だったから、声をかけづらかったのかもしれない。
けれど、今日はやけに皆積極的に話しかけてくれている。私が帰った後、何か話し合ったのかも……そう思うと、周囲に気を遣わせてしまって少し申し訳なく思う。
真相が分からない以上、変な勘繰りをするのはいけない。今はとにかくこのクラスに迎えてもらったことを喜ばなきゃ。
矢継ぎ早に飛ばされる質問に答えきれず苦笑していると、救いのように一時間目のチャイムが教室に鳴り響いた。これ以上質問攻めされたら、そのうち仁君の話になるかもしれない。
別に話す事は嫌じゃない。けど、その場に仁君がいないことを実感してしまうと、平静でいられる気がしなかった。ただそれだけ。
まだ少し濡れている瞼をハンカチで拭くと、一時間目の授業を真剣に聞くべく数学のノートを開いた。




