11〜友達って、やっぱりいいな〜
トーストを咥えたまま、私はパパと一緒に走る。学校への道のりは歩くと三十分くらい掛かるけど、走れば十分近くで着くはず。
特に急ぐ用事は無いけれど、今日は妙に気分が晴れやかだった。寝起きも悪いし、まだ昨日の熱による体の倦怠感は残っている。
それでも気分が晴れやかなのは、きっとジンという家族が増えたからだろう。まだ出会って日は浅いものの、あの子にはたくさん元気付けてもらった。
おかげで、少しは前を見て歩ける気がした。やっぱりあの事故はショックだったけど、いつまでも立ち止まっているわけには行かない。でなきゃ、死んだ仁君が浮かばれないだろう。
一瞬悲しげな表情の仁君を想像してしまい、それを振り払うように頭を振りつつ、咥えたままのトーストを食べ進める。
流石はママ、マーガリンを塗ったトーストの上に少しだけ砂糖を振り掛けて甘くしている。同じ甘党だった仁君も、このシュガートースト好きだったんだよね。小さい頃は遊びに来るたび、いつもママが作ってくれてたっけ。
口の中に広がる甘味を堪能して、残りの一欠片をぽいっと口に放り込む。すると、隣を走っていたパパが汗だくの顔で一言。
「それじゃ七瀬、いってらっしゃい」
「うん! パパもいってらっしゃーい!」
ちょうど駅前のロータリーに出たところで、私とパパは別れを告げる。パパは電車に乗って町へと向かうけれど、私は地元の小さな高校だから乗る必要は無い。
手を振って別れを告げると、私は田舎の小さな駅を左折し、線路沿いを走り続ける。学校が近くなってきたこともあり、ちらほらと同じ高校の制服が見えてきた。
私の通う公立西山高等学校は、何処にでもありそうな至って特徴の無い普通科高校だ。選べる学科も殆どなく、中学の延長といっても過言ではないカリキュラム。けれど、校風のよさだけは今時の高校と比べるとずば抜けているだろう。
と言うのも、西山はとにかく校則が厳しい。流石に携帯や飲食物の持ち込みは許されているものの、髪形や服装、化粧に関しては破れば厳罰モノだ。破った人を知らないため、どのような罰則が待っているかは想像も出来ないが。
『体罰あり』だとか『即刻退学』だとか、尾ひれをつけた噂がまことしやかに流れているけど、あの高校は個性溢れた教師(勿論悪い意味で)が多すぎる。あながち外れていないかもしれないので、自然と生徒も大人しくなった次第だ。
「お、ナナおはよっす~!」
「んっ……あっ、流花ちゃんおはよっ!」
そんな思考を遮ったのは、背後から掛かる女性の声だった。振り向かずとも分かる、馴染みのあるアルト声。
仲島流花、私が仁君と同じくらい気を許せる親友だ。あの事件の後もずっと電話越しに慰めてくれた、かけがえの無い友達。
走る足を少し緩めて振り返ると、私より少し高い頭から揺れるサイドテールの髪が目に入った。流花ちゃんは手を振りながらこちらに向かってきて――そのままタックル。
「きゃっ! ……もう、流花ちゃんはしゃぎ過ぎだよ~」
「そりゃあ、私の愛しのナナと久しぶりにご対面できたんだから。喜ばないわけないっしょ?」
「あはは……心配かけちゃってゴメンね? でも、もう大丈夫っ!」
タックルからの流れで抱きしめられ、ぐりぐりと頭を撫でられながら交わす言葉。前回学校に行った時は会えなかったから、休んでいた期間を含めてかれこれ五日ぶりだ。
こうして流花ちゃんの温もりを感じると、何だかとても安心する。前回こうして抱きしめられたのはいつだったっけ……遥か昔の出来事のようだ。
あの事故があって、私の時間が他の人より少し遅れて、ショックで少し塞ぎこんで……それでもこうして私が日常に戻ったら迎えてくれる人がいる。
当たり前のようだけど、大切な人を失ったからこそ分かる。このような何気ない日常こそ、私にとってはかけがえの無い幸せなんだって。
そんな胸に渦巻く気持ちを言葉にしたくて、けれどどう伝えたら良いか分からなくて……結局、私に出来ることは満面の笑みを流花ちゃんに見せることだった。
「そっか……それならよかった。私、ずっと心配してたんだぞ?
ま、元気なナナを久しぶりに見られたし、本当によかった!」
そう言いながら、流花ちゃんは私の背中をバンバン叩く。女の子にしては力が強いので、突然の衝撃に思わず咽こんでしまった。
妙に荒々しいコミュニケーション、相変わらずだなぁ。けど、叩かれてヒリヒリ痛む背中も今は心地よい。
「けほっ、えほっ……もうっ、痛いよ流花ちゃん!」
「おーおー、そりゃ悪かった。けどこれは私の愛情表現だから仕方ない!」
強引でがさつなところも相変わらず。だけど、その性格に私は幾度となく助けられてきた。私にとって、流花ちゃんは本当に頼れる同い年のお姉さんなのだ。
やっぱり仁君がいないのは寂しいし辛い。でも、こうして久しぶりに登校してみれば、私にはまだ愛すべき人がいる。
だからこそ、前を見て一緒に歩まなきゃいけないんだ。私がもし生きることに立ち止まってしまったら、天国の仁君が悲しむだろうから。
うっすらと瞼に残る仁君の残像に思いを馳せていると、背後からまたしても声が掛かる。
「あ、かわもっさんおはよー! もう体調は大丈夫なのか?」
「うん、もう平気だよ。河波くんもおはよっ!」
私と頭一つ分では足りないくらい高身長の男の子。仁君の親友であり、流花ちゃん(一応私とも)の幼馴染であり、私も最近はよく話すクラスメートの河波達弘君だ。
彼は仁君にとって、私で言う流花ちゃんの立ち位置だと私は解釈している。すなわち、心を許せる信頼関係を築いた親友の一人。
ついでに言うなれば、河波君は私と仁君の恋のキューピッドでもあったりする。告白する際には流花ちゃん共々、何かとお世話になったものだ。
……それもすべて、あまりにも朴念仁だった仁君の所為なのだが。
「そうかそうか、それならよかった。俺はずっと心配して――いだあっ!」
「えぇいこの大男め! ナナを見つけてからの台詞が私とモロ被りじゃないかぁっ!」
「だからって肘鉄はねぇだろ! つかお前の事情なんか知るかあっ!」
「んだとぉ~?」
やいのやいのと言い合う二人を見て、私は思わず微笑んでしまう。
一見仲の悪そうな二人だけど、そういう似通ったセンスとかが相まって何かと仲がよい。喧嘩するほど仲がよい、という言葉を体現したような関係なのかもしれないな。
「ん、どうしたんだナナ。ニヤケすぎて気持ち悪いぞ?」
「安心しろ、かわもっさん。お前は流花の数百倍可愛いから」
怪訝そうに流花ちゃんに声をかけられ、それに対し河波君が揚げ足を取り、最終的に流花ちゃんが河波君の腹に強烈なパンチを叩き込む。
呻きながらうずくまる河波君を見て、私は遂に堪え切れなくなって笑ってしまった。
「あははっ! はぁ~、おっかし~!」
「うぐっ、ひでぇ。かわもっさんも中々鬼畜な様で……」
「違うのっ! こんなに楽しいの、久しぶりだから、つい……くふっ」
そう、私はこの一週間これほどまで笑ったことが無かった。大切な人を失った悲しみに打ちひしがれ、笑顔というものを忘れていたんだ。
けれど、ジンにたくさんの元気を貰って、こうして登校して……今までのように笑うことが出来た。
私のこの笑顔、傍から見れば何でもないことかもしれない。でも、私にとっては大きな意味のある笑顔なんだ。
二人はお互いに目を合わせ、そしてどちらからともなく相好を崩した。やっぱり、二人とも私のことを心配してくれていたんだな……二人の安心した笑顔を見て、改めて実感した。
流花ちゃん、河波君……ありがとう。
けど、もう大丈夫。ジンやあなたたちに支えられながら、私はこうしてまた一緒に歩けるから。
キーン、コーン、カーン、コーン。
「ってやべぇ! 早くしないと遅刻すっぞ!」
「それはマズイ。確か今日はハゲがHRの担当だ。一秒でも遅刻すれば面前で謝罪させられる」
響くチャイムと二人の焦る声に、私はやっと現実に引き戻された。ちなみにハゲとは流花ちゃんのクラスの副担任である理科の教師。とにかく怖いことで有名だ。
とにかく遅刻には厳しい学校なので、私とて遅れれば多少の罰則は免れないだろう。
私たちはそれぞれの足並みで、校舎に向かって走り出した。