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プロローグ

6月26日


 それはそれは、自分に対して拍手を送りたいほど、壮絶な死に様だった。

 夕暮れ時、二車線の道路の真ん中で、俺は体中からドクドクと血を流して倒れている。

 帰宅ラッシュの時間帯なので、救急隊員以外にも野次馬はたくさんいた。

 耳だけは一応聞こえるのだが、片目は何処か遠くに飛んでしまって、視界はやけに平坦に見える。

 首より下の感覚が無いことから、どうやら脊髄は真っ二つ、いや粉々に砕け散っている感じだ。

 最早痛みなど、感じる暇もない。


「――君! ――かりしてっ!」


 頭の中に響く、俺の大好きな女の子の声。

 断片的に聞こえる言葉も、薄れゆく意識の元では意味を成さない。

 視界も段々と真っ白に染まっていき、ふわりと体が浮き上がる感覚に包まれた。


 ――あの犬、大丈夫かな? 乱暴に投げちゃったけど、トラックにひかれて死ぬよりはまだマシだろう。


 そんな思考を最後に、意識はぷっつりと体から切り離された。

 ゴメン、そしてさようなら……七瀬。




 彼の突拍子もない行動、その後の凄惨な光景に、私の思考は現実に追いついていなかった。

 何とか把握できたのは、仁君が猛烈な勢いで何かを投げたこと、そしてトラックに轢かれる寸前、今までに見たことのないほど輝いた笑顔を見せたことだけ。

 飛んでくる茶色の物体を無意識にキャッチした私は、ふと視線を胸元に落としてみる。

 私が抱えていたものは、他の種類と比べたらかなり小型の犬……チワワだ。

 わんっ! と元気よく吠える犬を見て、私は何が起こったのかを全て理解した。


 ――この犬を助けようとして、あの大きなトラックに轢かれたんだ。


 時間が経つにつれて、状況を理解し始めた私の頭は、次第に体へと微細な振動を伝える。

 震える腕が危うくチワワを取り落としそうになり、チワワも必死に私の体へとしがみついてきた。

 その場に崩れ落ちそうになりながら、体に鞭を打って道路へ向かう。

 目の前ではトラックのドライバーが仁君の姿を見て、顔面蒼白なまま突っ立っていた。

 私のいる位置からはまだ、仁君の姿は見えない。

 数歩前に進むと、トラックに遮られていた仁君の姿が露わになる。

 あまりの惨状に、私は軽く吐き気を催しそうだった。

 それでも勇気を振り絞って、仁君の目の前まで近づく。


「仁君! しっかりして!」


 靴に染み込むことも考えず、私は血溜まりの中へ足を踏み入れ、そして叫んだ。

 制動は掛かっていたのだろうけれど、それでも重い鉄の塊がぶつかったことには変わりない。

 体は全体的に血塗れで、腕や脚、首もあり得ない方向に曲がっている。

 この状態を見れば、誰だってこう判断するはずだ。

 ……即死。


「ひっ……いやあぁぁぁぁぁ!」


 目の前の現実は到底受け入れ難く、悲鳴を上げなければ正気を保ってはいられない気がした。

 鼓動がやけに大きく聞こえ、今の自分の心拍数が異常なまでに高いことに気づく。

 救急車を呼ぼう、頭では次の行動が命令されているのに、いざ携帯を取り出すと指が震えて、小さなボタンを上手く押せない。

 動いて、私の指。たった三つ、『119』って押すだけでしょ?

 何回もボタンを押し間違え、やっとのことで通話ボタンを押す。

 初めて救急車を呼んだけど、訪ねられることは『場所は何処ですか?』とか『患者の容態は?』とか、他にもやけに長ったらしい事ばかり。

 訪ねている暇があるのなら、一刻も早くこっちに来てよ!

 ようやく救急車が来る頃には、周囲にたくさんの人だかりが出来ていた。

 他人の不幸を見るために集まるなんて、気が狂っているとしか思えない。

 お願いだから、仁君に構わないで。

 担架に乗せられる仁君を見て、私の体は勝手に救急車へと向かっていた。

 こういうとき、『彼女です』と言えば乗せてくれるのだろうか?

 ドラマとかでしか見たことがないから、実際はどうなのか見当も付かない。

 幸い、救急隊員の人は悲愴に満ちた目で私を見ると、首を縦に振ってくれた。

 しかし嬉しさなど微塵もなく、ただただ同行を許してくれたという事実に納得しただけ。

 こんな状況で、諸手を上げて喜べる訳がない。

 すぐに病院へ救急搬送されたのだけれど、その後のことはよく覚えていない。

 ただ一つ理解したことは、私の最愛の彼氏は、もうこの世にいないということだ。

 何で……神様はここまで残酷な運命を、私に背負わせたのだろう?

 その真意が分かる日など、未来永劫訪れないに違いない。




 ここは、何処だ?

 目の前に広がるのは、何にも染まることのない純白の世界。

 意識を失った直後に見えた真っ白な光景に、何処となく似ている。

 ここは――きっと天国に違いない!

 勝手に決めつけた俺は、どういう経緯でこの場所にいるのか、朧気な記憶を繋ぎ合わせて思い出す。

 俺は確か、川本七瀬とのデートの途中に、ものすごく小さい犬(多分チワワだな)を助けようとして、トラックに轢かれて……死んだはずだ。

 あの怪我で生きていたら、それはもう奇跡以外の何物でもないはず。

 思い出しながら、とりあえず死後にも意識があることに驚き、次に気になった体の有無を確認してみる。

 一応視線は動くけど、体のような部分は存在しない。

 どうやら、俺の魂だけがこの世界に存在しているみたいだ。

 しかし……これからどうすればいいのだろうか。

 死後の世界に来るのは初めてだし(当たり前だが)、とにかく真っ白な世界が眩しすぎて、いい加減頭が痛くなる。

 ま、頭とか無いんだけどさ。


「……はぁ、忙しいったらありゃあしない」


 全くだ。死して尚こうやって頭を回転させなきゃいけないんだから、忙しいことこの上ない。

 早く死後の世界にいる閻魔やら神様に会わせろって……はな、し……。


「えーと……誰?」


 ここに来てようやく、俺以外の誰かがこの場にいると気づいた。

 口調は年食ったおばさんのそれに似ているが、あどけない感じの声は俺より年下っぽい。

 声質は高さからして、確実に女性だ。


「今日だけで下界の生物は九万六千七百五十七人も死んでおる。

 そのうち煉獄から天界へと召されたのは僅かに千足らず。……全く、どれだけの生物が悪しきカルマを背負って死んでおるのだ……ぶつぶつ」

「いや、自分でぶつぶつ言うなよ……」


 未だ姿を現さぬ誰かの言動にツッコミをいれつつ、俺は周囲を見渡す。

 相変わらず眩しい世界には誰もおらず、そろそろ本当に俺の仮想の目が光で焼けてしまいそうだ。


「ぶつぶつ、ぶつぶつ……おや、また一人天界へと昇ってきたな。はぁ……面倒だな」

「……何なんだ、この世界は」


 どうやら声の言うことを信じるのならば、ここは天界――まぁ天国なのだろう。

 地獄ではないことに安心しつつ、もう一度声の主を探してみる。

 どれだけ見渡しても、周囲に広がるのはひたすら白い空間。

 天国ならば、もっとこう……お花畑とか広がっているモンじゃないのか?

 そんな期待をしている俺こそ、頭の中がお花畑なのかっ?


「そち、わらわを見よ。……っておーい、聞こえてるのかぁ~? お前の頭はお花――」

「聞こえとるわっ! 見えないだけだっ!

 あと決してお花畑じゃないわぁっ!」


 まるで心を読んだかのような発言に、思わずキレ気味に返してしまった。

 誰だか知らんが、初対面の相手に対して無礼過ぎやしないだろうか。

 こういうゆとりっぽい奴には一度ガツンと言ってやらねば……。

 そう思っていた、次の瞬間――


「うぅ……うわぁぁぁぁぁん!」

「ちょ、ちょっと待て! 何でいきなり泣くんだよっ?」


 心の中でプンスカしていた俺も、相手に急に泣かれては怒りようがない。

 それに、泣き方がどうにも本物の子供っぽい。


「ぐずっ、えぐっ……お前のような乱暴者が、ひぐっ……天界に来るなど、わらわはじぇったいに……認めないじょっ!」

「悪かった、悪かったから! だから少し落ち着いてくれっ!」

「わらわに対して命令するなぁ!

 ……わらわは天界の管理者、すなわち神! いや女神なのだぞっ!」


 少し落ち着いた様子の自称・女神は、俺の反撃で崩れかけた威厳を取り戻し、自慢げに上擦った声で自己紹介。

 薄々予感はしていたけれど、まさか本当に女神だったとは。

 無礼とか一瞬でも思った俺が、実際ものすごい無礼者だったんだなぁ。


「そう、なのか……本当にゴメン。

 多分謝っても許してくれないと思うけど、確かにいきなり怒鳴られちゃあ困るよな。

 言い訳に聞こえるかもしれないけど……この場にいるという事実に、俺自身戸惑ってるんだ」

「むぅ……そんな顔をされては、わらわもあまり厳しく言えないではないか」

「今の俺に顔なんてありませんけど!? ……はっ」


 ツッコんでしまい、思わず口をつぐんだ。

 俺の周囲にはアホな友達ばかりいた所為か、どうにもツッコミに磨きがかかってしまっている。

 自覚はしているのに、無意識に口走ってしまうのが難点ではあるのだが……。


「言い訳にしか聞こえんわな……はぁ」


 釈明するのは無駄だと判断し、がっくりと(気分だけ)肩を落とす。

 体は存在しないはずなのに、実際に肩を落としている気分になれるから、この世界はとても不思議だ。

 また泣き出すんだろうな……。そう思いながら、俺は彼女の反応を待つ。


「……ぷっ」


 ……ぷっ? こいつ、屁ぇこいた訳じゃないだろうな?

 相手はあくまでも女性なのに失礼なことを考えていると、女神は急に笑いだした。


「あははははっ! お前、確かに、顔は無いけどっ……わはははっ!」

「……感情の起伏激しすぎだろ」


 呆れながら、俯き加減で再度肩を落とす。

 すると、真っ白に輝く世界では始めて見る、色彩のある点が見えた。

 随分と遠くにいるけれど、きっとあれが俺に語りかけている女神なのだろう。

 強い確信を得て、俺は少しでも近づこうと試しに動いてみる。

 体の存在しない世界ではどのように動くのか、皆目見当はつかない。

 しかし、意識にかろうじて残っていた『脚を前に出す』感覚を振り絞ると、ゆっくりではあるが前進することが出来た。

 ……とりあえず、自分からこちらへ来ようとは思わないわけだな、OK。

 だったら俺から出向いてやるよ。




 どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、なんとか女神の元へとたどり着いた。

 外見としては、いわゆる巫女さんスタイル全開の服装だった。

 遠くから見えた色彩というのは、きっと彼女の着用している緋袴の色だったのだろう。

 そして彼女は、やはり俺よりも年下だった。

 見た目から概算しても、もしかしたら中学生にも満たない年齢かもしれない。

 ヤバイ……こんな年端もいかない女の子を生前の世界で泣かせたら、間違いなく社会的に周囲から抹殺されてしまう。

 せめてもの救いは、周囲に誰もいないことだ。

 咎める人間がいなければ、少しくらいは俺の行為も許される……訳ないか。


「はぁ……やっと来おったか。わらわは待ちくたびれたぞ」

「さっきまで腹抱えて笑ってたくせに、よく言うぜ。女神さんよ」


 ここに来て、やっと目を見て話すことが出来た。

 とはいえ、今の俺に目など存在していないので、感覚だけではあるが。


「うっ……そ、そんなことより、お前は今の状況を、多少は理解しているか?」

「はぐらかすなよ……まぁいいや。

 ここが死後の世界で、一応天国ってことくらいは、理解しているつもりだ」


 逆に言えば、今のところはそれくらいしか知らない。

 他に分かることは、俺の名前が乾仁(いぬい ひとし)であることと、交通事故(というか半ば自殺行為だよな)で死んだこと、それから――。


「……七瀬、今頃どうしてるかな……」


 最愛の彼女、七瀬を残して死んでしまったこと。

 幼なじみからの発展、恋愛の王道から付き合い始めた俺と七瀬は、まだ三ヶ月しか幸せな日々を送っていない。

 デートだって、あの時でまだ三回目なのだ。

 それなのに……どうして、俺は死んでしまったのだろう。

 けれど、不思議と後悔はしていない。なぜなら、己の身を挺してあの犬を守れたから。

 自己満足だってのは分かっている。

 けど、誰かのために命を投げ出したという事実は、俺にとってこれ以上無い達成感を生み出してくれた。

 だからこそ、人生に未練はあれど、後悔の念は一切覚えなかった。

 ……とはいえ、やっぱり七瀬のことが気がかりでしょうがない。

 あり得ないとは思うけど、俺を追って自殺などされたら、それこそ俺は七瀬や彼女の両親に合わせる顔がない。


「……どうした? 暗い顔をしおって」

「だから顔は……ねぇって……」


 俺、もしかして泣いている? 顔も体も無いはずなのに、なんだか目頭がものすごく熱い。

 涙を見られないようにと腕で顔を隠そうとするも、どちらも存在しないので無駄な努力に終わる。

 どうせ姿を見られないのなら、たまには泣いても……いいのかな。


「……俺、怖いんだ。

 俺は見知らぬ犬を守った代償に、大切な人の心を深く傷つけてしまった。

 もし俺のいない世界で、七瀬がずっと傷を背負って生きなきゃならないって思ったら、俺……死にきれねぇよ」


 ぼそぼそと漏れる言葉は、女神に届いているのか定かではない。

 もしかしたら、声にならない言葉となって、心の中で跳ね回っているだけかもしれない。


「お前……」


 一応聞こえていたのか、女神も反応を見せる。

 なんだかんだで、こいつも心配してくれているのかな。

 そんな期待は、一瞬にしてぶち壊される。


「バカじゃないのか?

 何を主人公気取りで思い詰めてるのだ。

 全くこれだから、最近の若者はロクな人間がおらんわ」

「……その言葉で、今までの雰囲気が全て台無しじゃねぇかぁぁぁっ!」


 どれだけ空気の読めない神様なんだ。

 ここは明らかにシリアスな場面だろ? 何勝手にコメディ風味加えてやがるんだ。

 またしても思い切りツッコんでしまったけど、そろそろ耐性がついたのか、さっきのように泣くことはなかった。

 決まり悪くなった俺は咳払いをすると、もう一度話の方向を修正する。


「大声出して、すまんかった……。で、この状況がどうかしたのか?」

「まぁ、素直に謝るのなら許してやらんこともない。

 んで、一応お前は自分が死んでいるという事実を、受け止めてはいるのだな?」

「あぁ……嫌ってほど、な」


 認めたくはないけれど、死んでしまったものはもう変わらぬ事実だ。

 勇ましく死ねたのなら、もう文句は言うまい。


「ふむ……そしてお前は、大切な人を残して死んだ。間違いないな?」

「そうだよ……って、お前さっき俺の悲しみを全否定したよな? な?」

「知らん。都合の悪いことは、わらわの耳に入らない性分なのだ」

「なっ……何て勝手な子供だ」


 つい、とそっぽを向く仕草が子供っぽいので思わず言ってしまったが、そういえばこいつは一応女神だっけ。

 どうせ神様だから、「無礼なっ! わらわはこれでもウン千歳だっ!」とか言うに決まっている。きっとそうだ。

 予想通り、女神は面白いくらいに頬をぷうっと膨らませ、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ぶ、無礼なっ! わらわはこれでも十三歳だっ!

 下界なら小学校だって卒業しているのだぞっ!」

「十分に子供じゃねぇかぁっ!」


 思い切り肩透かしを喰らった俺は、またしても思い切りツッコんでしまう。

 無遠慮にツッコミを入れることに楽しみさえ覚えてしまう辺り、俺もそろそろ重傷かもしれない。

 明日くらいに死にそうだな……ってか、もう死んでるか。


「……お前は本当に面白いやつだ。死ぬには惜しいくらい、冴えのあるツッコミをする。

 どうだ、天界で芸人でもやってみないか?」

「えーと……本気で言ってんの?」

「うっそぴょーん♪ お前にはむーりー☆」

「くっそ……少しでも真剣に考えたのがバカみたいじゃねーか」


 やべぇ、楽しい。こんな子供とふれあう機会が少なかったからか、ちょっと新鮮味が強くていい。

 生意気なのは難点だが、それを補ってあまりある愛嬌が何とも――。


「って、話逸れすぎだろ! 何の話題だったのかもう思い出せんわ!」

「落ち着け。……とりあえず話題は天界での芸人デビューに――」

「空気を読め。そして真面目にやれ」


 この女神、どれだけ無駄話が好きなのだろうか。

 さっきから俺の反応を見てはニヤニヤしっぱなしだし、普通に会話を楽しんでいると来たもんだ。

 一体どれだけ不真面目な女神なのだ……ろう。


「……いや、違う」


 突然閃いた考えに、俺は胸を締め付けられそうになった。

 この女神、本当はずっと寂しい思いをしてきたのではないだろうか。

 ここは死後の世界で、天界に来る人間は数少ないはず。

 それにもし来たとしても、不幸な死を遂げてこの場に来る人間に、笑っていられる余裕などないに違いない。

 彼女は今までずっと、そんな悲しげな表情をした人間ばかりを相手してきたのだろう。

 だからこそ、俺みたいなちゃらんぽらんな人間と話すことは、彼女にとって数少ない楽しみだったのかもしれない。


「……お前は、お馬鹿そうに見えてしっかり考えているタイプか。

 下界ではさぞかし、人望の厚い人間だったのだろうな」

「っ! お前……なんで……」


 こいつ、心でも読めるのだろうか?

 妙に気まずくなって言葉を濁すと、女神は苦笑いを浮かべた。


「しかも、呟いていることには無自覚か……その癖は治した方がいいぞ?」

「……すまん」


 女神がうっすらと涙を浮かべていることに気づき、俺はそれだけしか言えなかった。

 表情からして、嬉し泣きっぽいけど。


「構わぬ。しかし、わらわの心の内を見抜くとは……やはり、今死ぬには惜しい存在だ」

「んなこと言っても、今から生き返るなんて無理だろうに。

 それとも、お前が奇跡の力でも使って復活させてくれるのか?」

「イヤ無理だし」

「……だよなぁ」


 淡い期待は見事に打ち砕かれた。

 何とか七瀬のそばにいたかったな……昔の映画にあった守護霊とかでもいいから。

 そんな絵空事をぼんやり考えていると、目の前にいる女神は首を横に振った。


「まぁ、そう結論を急ぐな。その大切な人に会う方法は、無いこともないのだぞ?」

「ほっ、ホントか?」


 今の口調からは、嘘の気配が見受けられない。

 しかし、本当だとしたら一体どのような方法で……。


「今度こそは本当だとも。……お前は、輪廻転生という言葉を知っているか?」

「りんね……てんせい」


 どこかで聞いたことのある響きだ……。

 そう、あれは確か世界史の授業で、やけに声の大きい先生が言っていた言葉。


 ――輪廻転生とは、死んだ人間の魂が別の生き物となって生まれ変わることだ! まぁテストには出さんがな、ワハハッ!


 何とも癪に障る言い方だったので、印象強く記憶に残っていた次第だ。

 つまり、女神が言いたいことは……。


「俺……生まれ変われるのか?」


 掠れた声だったので上手く発音できたかは分からないが、女神は小さく頷いた。


「うむ。お前のような清き心の持ち主なら、今すぐにでも迎えが来るだろう」


 迎え……なんだかよく分からないが、これだけはハッキリと言える。

 ――俺、もう一度七瀬に会えるんだ。

 そう思うと、急に心が喜びに満ち溢れていく。


「……ほら、噂をすれば迎えが来た。

 あれに乗れば、お前は下界で新たな生を得る」


 女神が指差す先には、某アニメで見たような巨大な龍が佇んでいた。

 あれに乗れって……ちょっと怖いな。

 そもそも、体が無いのに乗れといわれても……ん?


「……どうした、暗い顔しやがって」


 先ほど女神が言った言葉を、そのまま女神に投げかけてみる。

 ずっと龍を指したまま固まっている女神の表情は、何処か切なげだった。

 俺、そんなに悪いこと言ってないよな――。


「別に、暗い顔などしてはおらん。

 もうよいから、さっさと行け」


 そう言い、さっと顔を背けてしまう女神。

 ここで俺は、今までの状況を脳内(くどいようだが脳は無い)で整理、そしてひとつの可能性に辿り着いた。

 コレ、聞いたら怒られそうだなぁ……。


「……もしかして、俺がいなくなるのが寂しいのか?」

「なっ……そ、そんなわけっ――」


 急にカッと顔を赤らめた女神だったが、徐々にその色は引いていき、最終的には目尻に涙を浮かべていた。


「――そんなわけ、あるに決まっているではないか。

 わらわにそんなことを言わせるな」

「ご、ゴメン。

 けどさ……俺、もう一度彼女に会わなきゃならないんだ。

 ちょっと名残惜しいけど……お前とのやりとり、すごく楽しかったよ」


 実際、こいつと別れるのは俺も少しだけ寂しい。

 けれど、いつまでもこうして死後の世界に居続けるわけにもいかないのだ。

 七瀬に会って、まだ伝えていない想いとか、いろいろ伝えなければならない。

 そんな想いが渦巻く中、女神はキョトンとした表情の後、目を少しだけ輝かせた。


「ほ、ホントか?

 もしまた死んだら、わらわに会いに来てくれるか?」

「ははは……そんなすぐに死ぬ気はないけどな。

 また死んでここに来たら、その時は天界で芸能界デビューさせてくれ」


 苦笑しながら言うと、女神は満面の笑みで何度も大きく頷いていた。

 つか、芸能界ホントにあったんだ……。


「あぁ……楽しみにしているぞ」

「楽しみにされても困るけどな。

 ……それじゃ、そろそろ行くよ。いろいろと世話になった!」


 名残惜しいが、今は一刻も早く七瀬に会いたい。

 身体(魂だけだが)を龍の背に乗せると、俺の存在を感じ取ったのか、龍は巨大な身体を震わせて大きく嘶いた。

 同時に、龍の頭部が真下へと向く。どうやらこいつは、俺を下界へと送ってくれるみたいだな。

 最後に彼女の方を向くと、笑顔で手をブンブンと振っていた。

 今度いつ会えるかは分からないし、もしかしたらもう会えないのかもしれない。

 けれど、死してなおこのような安らぎを与えてくれた彼女のことを、俺はずっと忘れないだろう。

 俺も身体は無いものの、精一杯の気持ちを込めて叫んだ。


「……ありがとう!」


 言葉を発すると同時に、龍は勢いよく下方へと急降下した。

 あいつに言葉、届いたかな……ま、きっと大丈夫だろ。

 龍に導かれた俺は、この白い空間から一気に抜け出し、真っ暗な空間へと入り込んだ。

 ここを抜ければ、輪廻転生してまた七瀬に会えるんだな。


 待っててくれ、七瀬。

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