幼なじみとバレンタイン
四時間目の終業を告げるチャイムが鳴り響き、担任であり国語の教師である大阿久先生が教室を出ていく。
「あっ、赤羽!」
一旦は教室を後にした大阿久が、私の名前を呼ぶ。教科書やノートをしまう手を止め、大阿久の顔を見る。
「お前今日日直だろう。五時間目の授業が始まる前に職員室前のロッカーにノートがあるらしいから、持っていくようにとのことだ」
それだけ言うと、大阿久は返事も聞かずに姿を消した。まあ、返事はしないが。
先生という立場なだけで指示をされるのは正直気に入らない。しかし、持ってこなければみんなに迷惑をかけることになる。早いとこ持ってこよう。
でも、ああもう。どうして今日に限って……。
日直としての仕事を果たして教室に戻ると、そこにあいつの姿はなかった。
「ねぇ里奈、大河のやつ見なかった?」
「杉村くん? うーん、わかんないなぁ。あ! でも、高須くんたちは中庭の方に行ったからもしかしたら」
確かに、高須と仲の良い大河なら一緒にいるかもしれない。中庭で昼食をとっているのだろうか?
「ありがと里奈」
階段を駆けおり、中庭に向かう。
冷たい空気が身を包み、思わず両手で抱えてしまう。震える口元からは白い吐息が漏れる。
「あれ? 赤羽」
中庭には、高須空雅と真中信史、天堂海斗の三人がいた。大河はいない。
「あんたらねー、この寒いのに何中庭なんかでランチしてんのよ」
「俺たち元気組はこんくらいが丁度いいんだよ。なぁ、真中?」
キザな微笑を浮かべ、真中はまぁな、と言った。多くの女生徒から言い寄られる真中だが、私はあまり絡みたくはない。
「何が元気組だょ! 俺はお前たちみたいに体強くないんだから、寒くて堪らないよ」
一人ひ弱な天堂は、小さな体を抱えぶるぶる震えている。
「ところでさ、あんたたち大河どこにいるか知らない?」
「あぁ、杉村なら図書室だよ。なんか読みたいもんがあるとか言って」
「そう、ありがと」
ここでの目的を果たして、さっさと向かおうとする。
「なんだよ、つれないなぁ赤羽サン。俺には何にもくれないのかい?」
軽口を叩く軽薄野郎は無視して図書室を目指す。
四階にある図書室まで駆け上がり息が切れる。私の教室は四階にあるから、中庭に行ったのはとんだ無駄足である。
「はっ、はぁ、大河!」
図書室の正面にあるテーブルに私の幼なじみである、杉村大河は座っていた。
大河はいつもの仏頂面を私に向ける。
「未来か。ここは図書室だ。静かにしろ」
あくまで冷静な、融通の利かない一面がこの一言だけで見受けられる。まぁ、私にしてみれば大河らしいの一言で片付くが。
「あんたねー……はぁ、まぁいいわ。はい」
赤い包装紙にピンクのリボンをかけた、チョコレートを手渡す。
大河は怪訝そうな顔で受け取り、まじまじと見回す。
「なんだこれは?」
呆れる一言。なんて鈍いやつだろう。
「何って……チョコよ、チョコ」
「学校にお菓子を持ってくるのは感心しないな」
ため息を吐きながらそういう大河。本当に呆れたいのはこっちの方だ。
「あんたねー、今日は何の日かわかる?」
「二月十四日だろ?」
「そうじゃなくて!」
「あっ!」
ここまできてようやく理解したらしい顔。まったく本当に呆れる。高校二年生男子がこの日にこんなに疎いものだろうか?
遠回しに説明させられたようで、私としては少しばつが悪くなってしまった。
「ありがとな、未来」
「別にいいわよ。あんたとはちっちゃい頃から一緒なわけだし」
少し早口になってしまったかと思い、動揺している自分が嫌になる。
突然、大河に手を握られそのまま引かれる。
「ちょっ! 大河! どこ行くのよ!?」
「どこって、教室に決まってるだろ? 始業五分前だ」
……本当に呆れさせる男だ。動揺した自分がばからしい。
でも、久しぶりに握った大河の手は、大きくて、厚くてすっかり男の手になっていた。
なによ。ちょっとは男らしくなったじゃない。……これからもよろしくね、大河。
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