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「へぇ~、思ってたよりずっと大きいや。でもさ、それでこそ倒しがいがあるってもんだよねっ」
圧倒的な威圧感と熱気が場を包み込む中、渦中の炎魔を目の前にしてカンナの闘志は尚高まるばかりであり、萎縮する気配は微塵も感じられない。
「年増ちゃん。あんな大物相手にどんな魔法で挑むつもりなのかしら…。セオリー通りなら、水属性の魔法に弱そうなのは明白だけれど。並みの魔法じゃ歯が立たないのは、門外漢のカエデちゃんでも嫌というほど理解出来る」
時として高位の幻獣、精霊がそうあるように。このヴァル・ロッグもまた人語を理解し操る事の出来る知性を持ち合わせているようで。彼の眼下で腕を組みながら動じる事の無いカンナに対し、その巨大な口を開く。
「小娘……。また、人間の小娘風情が、我の前に立ち塞がろうというのか? 忌々しい。実に忌々しき事態だ」
街中に響き渡るような罵声、或いは怒声。件の巨鬼から放たれる呪詛にも近いそんな言葉に対しても臆する事は無く。カンナが告げる。
「やぁやぁどーも、ヴァル・ロッグさん。ご機嫌うるわしゅー。長い長いお昼寝タイムはどうだったかにゃ? 安眠できた? でもさー、そのたかだか人間の小娘、年端も行かぬ巫女風情に封印されちゃってまぁ。うぷぷぷって感じ。実際さ、どんなやつだろーって楽しみにしてたけど、何か期待はずれだよね~。炎魔だか閻魔だか知らないけどさぁー、かませ臭が凄いもん」
開幕直後、いきなり相手を煽る事から始めるいつも通りのカンナスタイル。
そして、そんな様子を遠巻きから見守るカエデ達が、ぽつりと漏らす。
『アイツノスゲートコロハ、アイテガダレデアロート、ビョードーニバカニスルコトガデキルッテトコロダナ』
「恐るべき命知らずちゃん。少なくとも声炎は必要無さそうね。うん」
カンナの挑発を受け、全身から蒼炎の焔を立ち昇らせながら、巨鬼ヴァル・ロッグが吼える。
「嘆かわしき傲慢なる人間の小娘よ… どうやら、我らは互いに理解しあえぬ性にあるらしい。ならば… 死を持ってその罪を償え」
「炎。しかも、青い炎か。やめてよ、ねぇ、やめてよその青い炎。ちょっち昔を、あの災害を思い出しちゃうじゃないのさ…」
「ほぅ? 視たところ小娘、貴様は巫女ではないな? それどころか… 笑わせる。貴様のような穢れきった血筋など。裁かれるべきは、むしろ貴様の方ではないのか?」
圧倒的体格差。圧倒的力量差。圧倒的戦力差。
だが、それらは等しく。件の魔女の前では、意味をなさない。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ」
そして。それらを覆す、唯一にして絶対の武器。
それは勿論。暴力的なまでに圧倒的… 内包魔力。
「言いたい事はそれだけ? 炎魔か、閻魔だか知らないが、たかだが家畜風情の分際でこの私に炎炎と説教を垂れようと言うのかい? …… そうか。もういい、分かった消えろ。今、すぐ、私の目の前から消えて啼く為れ。私の下す判決は…… 死刑だ!!! あっははははははははははははははははははははっはははははははっあはははははははははははははははははっはは★」
明けの明星。
星者の朔望。
宵の明星。
生者の空蝉。
流星光底長蛇を逸す。
捧げる対価は命の限りの魔道千里。
掲げる真価は金銀砂子の乞巧奠。
総ては、我らが夜明けの白星の為に。
――― 惑星魔法、《星辰崩壊》
カンナが数小節のスペルを唱え、杖を天辺へと振りかざす。
たったそれだけ。
威力は最大限に。ただし、被害は最小限に。
狙いは正確に。ただし、止む事無き懺悔の雨を。
降り注ぐは数多の星々。真昼の空の流星群。
ピンポイントに狙いを定められ、引き寄せられるようにして降り注ぐ隕石は… まるで彼方の涙雨の様に。
しんしんと降り注ぎ、完膚なきまでに、穿つ。
『アレガ… オマエガイツカアイテニシナキャナンネー… カモシレナイアイテダ、ゼッ』
「そう。そうね。何て歪な光景なのかしら。見るに堪えないわ」
カンナの渇いた哂い声と、地鳴りの様な落下音と凄まじい衝突音。舞い上がる土煙と渦巻く炎。
相手が閻魔だと言うのならば、きっとここは地獄の奥底なのだろう。
炎魔ヴァル・ロッグが、その実どれだけの強さ、或いは危険度を持った存在だったのか? 今となってはそれを知る手段は無い。
あるのはただ一つ。カンナが、件の脅威を… 圧倒的に、暴力的に、残酷なまでに上回っていたという事実のみである。
「……… えーっとぉ、ゴホン。小娘って表現は嫌いじゃないけど、傲慢ってのは気に喰わないな。私のものは私のもの。そして、そんなあなたも私のもの。私くらいになると、多少の我侭も許されちゃうもんなんだよねーっ。だって私は… 《魔女》だから」
この日。
炎の街、ファイアウォールからは炎が消え。
代わりに、その中心たる祭壇跡地に… 大きな大きな、まるで地獄の奥底の様に深く、そして暗い。魔女によって穿たれ、黄泉或いは地獄へと通じ、今も尚、炎炎と地面を燃やし続ける。
まるで龍の巣の様な、底無しの大穴が空いたという。
《第99話》 END