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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第十四戒 「魔道。焔の咲く丘」
97/107

14-4

 

 もしもの場合の、万が一の時の再封印。そして短期決戦、町、そして住人への被害ゼロを条件に、炎魔ヴァル・ロッグの眠る祭壇への通行許可を見事に手中に収めることに成功したカンナ。

 加えて、事の終結までの間、全住民に自宅待機の令を町長に打診した事により、今、この炎の町は熱気と静寂だけが支配する異様な雰囲気を纏っている。


「いい加減説明責任を果たしていただきましょうか、このお馬鹿ちゃん! 事前になんの説明もないどころか、挙句の果てにこのカエデちゃんを利用するなんて… これはもう言い逃れできない、正真正銘に魔女のやり口って奴ね」

「この品行方正、清廉潔白なる大魔法使いのカンナさんに向かって《魔女》だなんて、キミも口が悪いね~ツンデレうさぎちゃん。勿論、事前に説明が無かった事も、勝手に巫女って立場を利用した事も、一応悪かったと思ってるけどさー」

「嘘ね。心にも無い事をよくもまぁ、いけしゃあしゃあと」

 尚も怒りの収まらないカエデに対し、まるで悪びれる様子のないカンナ。

 危ういバランスの上で成り立つ崩壊寸前だったパーティーが、ついに真の崩壊を迎えようとする。その前兆とも窺える一シーンである。

「言ったでしょー? この炎の壁を越えることが、一番の近道なんだって。そのためだったらさ、多少の無茶くらいしょうよって話」

「… 年増ちゃん、あなた。まさか、本当にそれだけのために?」

「勿論それだけってわけじゃないけど。でも、もう引き返せないよ。私たちVS炎の怪物。この構図はもう避けられないからね~」

 そう言ってまたもケタケタと哂ってみせるカンナ。怖いものなど何もない。あっけらかんとした彼女の渇いた笑い声だけが、静寂の街に響き渡る。

 ただし。そんな返答に対し、探求者たるカエデが納得を示すはずも無く。彼女は、すぐさま反論に転じる。

「でも、今考えてもあの町長との会話はどこか妙だったわ。一介の長ともあろう人物が、こんな得体の知れない詐欺師染みた魔女の言葉に耳を貸し、その言葉に素直に従い、あろうことか町の未来と命運を簡単に明け渡すなんて… 年増ちゃん、あなた、一体どんな魔法を使ったの?」

 反論に反論を返す、わけでもなく。カンナは、のらりくらりと言葉を濁しつつも応える。

「ん~? べっつに~。まっ、しいて言うならぁ、抑える事の出来ない私の魅力という名の魔法のおかげかにゃあ? なんちって。にゃは、にゃはははははははっ」

 心身掌握。人の弱みやスキに付け入るのは魔女のたしなみ。

 注意しなければ、いずれは自分も…? カエデはごくりと息を呑み、話題を方向転換させる。

「ところで。何度も言うようだけれど、カエデちゃんはあくまで闇の巫女のはしくれよ? 年増ちゃんも知っての通り、巫女にもなりきれなかった半端者。今更だけど、このカエデちゃんに封印のコントロールなんて芸当が、本当に可能なのかしら…」

「いやー、大丈夫っしょー」

「いつもながら、その無駄に湧き出る自信は、一体その貧相な体のどこからやって来るのかしらね」

「失敬だ! 失敬だよ!」

 ころころと豊かに表情を変える魔女と、依然納得の顔を見せないその同行者。

 カエデは尚も考える。こうなってしまった以上、もう後戻りは出来ない。だからこそ。今、自分に出来る最良の選択とは一体何か? と。

「… 戯れはここまでにしましょう? 年増ちゃんの言う通り、もうやるしかないと言うのならば。このカエデちゃん。当に覚悟は決まっていますわ、うん」

「にしししっ。だね」


 町長宅を後にした二人が真っ直ぐに向かった場所。互いに言葉の弾丸をぶつけ合いながらも進み続けたその目的地。

 ここは、ファイアウォールの中心地にして、件の封印指定地。

 《焔の祭壇》である。

 五角形の、まるで五芒星のような歪な形をした町の、その中心の地である。


「それにしてもさぁ、これが祭壇だなんてお笑い種だよね。綺麗な噴水に、投げ込まれたコインの山。こんなのただの、住人達の憩いの場。その一風景じゃん」

「住民達は、この町に件が封印されている事なんて露も知らない。夢にも思っていない筈。炎による高温と、炎壁により他の街との交流が極端に制限された町。ただそれだけの町よ、ここは。本当のお笑い種と言うのならば、そんな町にわざわざ混乱と戦乱を引き起こそうとしているカエデちゃんたちの方よね、うん」

「にゃっはっはぁ。そのとーり! うっし。じゃ、いっちょやったりますか!」

「…… で?」 

 やる気に満ち満ちているカンナとは裏腹に、覚悟を決めたとはいえ、未だ半信半疑のカエデ。

 旅の目的を同じとした仲間同士ではあるものの、永遠に埋まる事のない溝が、癒える事のない亀裂が、両者の間に介在するのもまた事実。

「でって何だよぅ、シロウサちゃん。覚悟、決めたんだろぉ?」

「だ・か・ら! どうやって件の炎魔の封印を解除するのかって話ですわ!」

 その言葉を言い終えるか否か。

 カエデの透き通るような白い肌に、チクリとした一瞬の痛みが走る。と、同時に彼女の左指から滴る紅色のしずく。

「はい、貴重な貴重な巫女たんの血液頂きました~! どうやるかって? そんなの決まってるじゃん、むかしっからさぁ。魔獣への供物は、巫女の血液と… 後は呼び水だよ。つまり、媒介となるよーな生物として高位種の、神秘性の高い遺物。例えば… 幻獣のソレとかね」


 懐から、とある白い鱗を取り出し、先程のカエデの血液と共に噴水へと投げ落としてみせるカンナ。


「白い、竜の鱗? カエデちゃんそれ、昔どこかで見た覚えが…」 

「そうだね。この二年間でツンデレちゃんには鞘との出会いがあった。一方私には別れがあった。ただそれだけの事だよ」

 この場において、この話題をそれ以上語る事を良しとしない。

 言葉には直接出さなかったものの、カンナの表情には、そう強く訴える確固とした雰囲気があった、猛りがあった。魔女としての、否、一人の人間として、カンナの胸の奥に突き刺さる楔は、一本だけではなかったという事。そう、だからこそ彼女は…

「それよりさ、念のために包帯でも巻いときなよ、その指。まっ、舐めとけばすぐ治るくらいのちっちゃい傷だけどね~」

「ちょ、そんな事はどうでもいいのだけれどまだ解決していない問題もあるわ! 本当にカエデちゃん達だけでそのヴァルなんとかって奴を倒せるの!? かつてこの町を半壊まで追い込んだ規格外のバケモノなんでしょ? アンシリーコートの奴らとはわけが違うのよ? しかも、町や住人達に被害を及ぼすことのない短期決戦で! そもそもここは… 街の中心地なのよ!?」

「んもう。心配性だにゃ~、ツンデレうさぎちんは。この私を誰だと思っているのかね、キミィ」

「心底胡散臭い、そして限りなく黒に近い魔女でしょ? それよりなにより、年増ちゃんの魔法はとにかく大味すぎる! 周囲が焼け野原になったら失敗と同じよ? それ以前に、そもそも自然の理を支配する精霊だとか悪魔に対し、その源流である魔法なんてものが通用するのかしら…」

 

 カエデの案じる様々な不安要素を尻目に、噴水という名の祭壇の泉へと投じられた供物達が僅かに反応を示し、噴水から湧き上る水が、不自然にゴポゴポと沸騰を始める。

 

 駆ける緊張。痛い程に張りつめ、次第に歪む空気。狂逸な魔力の残滓が周囲を包み込むと同時に訪れる鉛の様な静寂を合図とし、二人は臨戦態勢を整える。

 

 彼女等の言葉通り、もはや、後戻りは叶わない。


END

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