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「いかにも。私がファイアウォールの長であるが。旅の魔法使いが一体何用か?」
「ね? ね? 言ったでしょ。その町で一等大きな、無駄に大きくて華美な建物が町長のおうちである確率ってのはね、どーしょうもなく高いものなのだよ、シロウサくん」
「… ウォッホン。聞こえているぞ。して、客人。わたしも暇人ではないのだよ。貴殿らの用件というのをいい加減聞かせてもらえると、互いの時間の有効活用に繋がると思うのだが?」
カンナとカエデ。二人の旅人がこの町において最初に訪れた場所。それは何を隠そう、このファイアウォールの町の町長のオフィス兼住まいであった。
「町長さん、私は思うのです。この町は周囲の山々、そしてあれだけの炎に囲まれているせいで他の村や町との交流交易を大幅に制限させられながらも、これだけの発展をみせている。町長、あなたは… 実に有能です」
普段とはその声色を変え、天使の助言か、或いは悪魔の囁きか。カンナは涼やかな微笑を携えながら尚も一気にまくし立てる。
「ならば、もしも。もしもこの炎の檻を消し去る事が出来たらなら、町は、あなたの力で更なる発展を遂げる事も可能だ。違いますか?」
「! あ、ああ。このわたしなら、確かに可能だろうな。だが、それは叶わぬ夢だ… この地に炎の壁が発生して百数十年。歴代の町長達はこの炎の壁の中で生き残る事を、炎と共に生きる事をその命題としてきた」
かつて、炎の壁がこの街にもたらしたもの。遠ざけたもの。歴史と共に刻まれたその要因は、二人の目的に対しどのように帰結するのか?
暗躍するカンナと、そして、そんな彼女を監視するようにして、カエデもまた息を呑む。
「魔法使い殿。貴殿も理の右席に身を置くものならば、この地に足を踏み入れた時点で感じているはずであろう? この炎の所以が何処にあるのか、という事くらいはな」
「だね。足を踏み入れるっていうより、遠目からこの街を見たときから考えてたんだ… 一体、何が《封印》されているんだろうなって」
「封印? ちょ、ちょっと待って年増ちゃん。この炎の要因は、この町に何かが封印されているせいだって言うの?」
ニヤリと口元歪めることで、その質問に対する回答とするカンナに対し、表情の一つも変えず町長が言い放つ。
「この事実を知る住民は殆どおらぬ。世の中には、知らぬ方が良い事など山ほどあるからな。それに、もしも知ったところでどうにもなるものではない」
「にゃはははっは。果たして、本当にそうですかな? 町長さん」
訝しむというよりも、もはや警戒感に近い感情を露にさせながら、町長は思う。
自分は、もしかするととんでもない事態に巻き込まれようとしているのではないか。それこそ、この町とそこに住まう住人達の運命を変えてしまうほどの分岐点に立っているのではないか、と。
「確かにこの炎が無かったら、我が町が更なる発展を遂げることも可能であろうし、わたしならそれが実現できるであろう事もまた事実。だが、それは所詮絵空事。素性も実力も分からぬ部外者どもに、これ以上この町の抱える秘密をおいそれと語るわけには…」
魔女には魔女のカンがあるように。
町長にも、一介の町の長としての、長年生きてきた年長者としての経験則から導かれるカンが存在し、それが今、けたたましい程に警鐘を鳴らす。
早々にこの話題を切り上げるべく、話を断ち切ろうとする彼に対し、一方のカンナも、それをやすやすと見逃すような人物ではなかった。
彼女にとってのこの二年間が、それをあくまでもさせなかったのだ。
「《ヴァル・ロッグ》でしょう? 炎を司る悪魔染みた精霊の一角。かつてどこかの街を壊滅状態にまで追い込んだ挙句、封印されたっていう噂を聞いた事があったんだ。実際、封印されても尚、その力の一部を立ち昇る炎の壁として漏らし続ける規格外の化け物」
「貴様… どうしてそれを」
「にゃはは。町長さん、ちょっち考えてみてくれないかにゃん? この先、炎の壁が取り払われ発展が約束された街、いつ解けるかもわからない封印の恐怖から解放された街の未来ってやつをね。今の私ならそれを叶えるためのちょっとしたお手伝いが出来る。つまり… ヴァル・ロッグを屠ることが出来る」
核心。或いは革新、確信。
カンナの言葉は、それが悪魔の囁きであるかのように町長の精神を揺さぶっていく。例え心の一部でもぐらついてしまった時点で、つけ込まれてしまった時点で、既に成されるがままである事も知らずに。
「……… 魔法使い殿、確かにそれは魅力的な提案かもしれないが。一つ大きな問題がある。実力だけでは解決出来ぬ大きな問題だ」
「んー? なにかな。大抵の事なら対応できる自信があるけど」
その自信は一体どこから湧き上ってくるものなのか。自信満々のカンナに対し、やはりカエデはこの流れにある種の不安を抱いているようで。
「ちょっと待ちなさいよ、この超超超年増ちゃん! あんた、今度は一体何をやらかそうってのかしら? このカエデちゃんに相談も無しで勝手に話を進めるなんて良い度胸しているじゃないの」
「まーまー、そう発情しなさんなシロウサたん。総ては私達の悲願のためですよん。ね?」
「だ、誰が絶賛発情中ですって!?」
その雪のように白い肌を真っ赤に染めながら、カエデ=ホワイトラビットが声を荒らげる。セツリの代わりに暴走しがちなカンナを制御することこそ、この旅における自分の役割の一つだと自認していたからこそ、それすら守ることの出来なかった怒り。自分に対する怒りが、あるいは彼女にそう叫ばせてしまったのかもしれない。
「取り込み中のところ悪いが、続きを喋ってもよろしいか?」
「オッケーおけつだよん♪ すみませんねぇー、うちのウサちゃん、今ちょっと多感な時期なんですよぉ」
更にカエデを挑発するようなセリフの連打に、もはや爆発寸前のカエデ。そんな彼女を何とか諌めるその相棒たる生きた鞘。これでは誰が誰の制御役なのか、まるで分からなくなってしまう至極残念な光景。
「仮に、件の炎魔を倒すという事は、奴と直接対峙しなければならないということだ。とどのつまりそれは、施された封印を《解く》という事。それが出来るのは… かつてのこの町の英雄と同じく《巫女》と呼ばれる存在だけだ」
巫女。
そのセリフを待っていたかのように。カンナは、満面の笑みを浮かべながらこう答える。
「大丈夫だ、問題ない。なんてったってうちのウサちゃんは、優秀な巫女さんだからねっ…… 元だけど」
END