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「暑い。確かに暑いわ。まったく、何てお馬鹿ちゃんな気候なのかしら、うん」
額の汗を拭いながら唸る様にそう告げるカエデと、だらしなくも胸元を大きくはだけてひらひらと扇ぐカンナ。
「あっついねー。ちょーあっついよー。これって異常気象ってやつなのかねぇ」
「ちょっと、年増ちゃん。あなたそれ、あまりにも品ってものが無さ過ぎるんじゃないかしら? 他人の視線が無いからといっても、もう少し恥じらいって奴を持って頂きたいものだわ」
「他人の視線っていうか~、セツリの視線がないからねー。多少だらしなくなるのもさぁ、ちかた無いよねー。ってかそれともなにかい? 胸か!? 胸のないやつは胸元はだけて扇いじゃいけないってのか!? っかぁ~、これだから胸のあるやつは!」
そう言ってカエデの白の双丘を血走った目で睨みつけるカンナ。
彼女の前で胸の話は禁句だった、後悔先に立たず。尚もきゃんきゃんと吠え続ける魔女の遠吠えに対し、露骨に耳を塞ぎながらもカエデが吐き捨てるように言う。
「そう。そこまで胸の話がしたいのなら、この際はっきりと言わせて貰うわ。年増ちゃん、果たして今のあなたは、胸を張ってチビ解呪師ちゃんに会えると思う? 胸に手を当ててよーく考えてみなさいな!」
「随分知ったような口を利くねぇ、ツンデレちん。私達、いつからそんな熱い関係になっちゃったのかにゃぁ? この暑さのせいかにゃぁ~ん?」
「… めんどくさい年上女って、ほんんんんんんとっイヤよね」
果たしてそれは暑さのせいか、それともいつも通りの彼女達なりのコミニュケーションの取り方なのか。
そんな喧騒のパーティー内においての唯一の常識人、否、常識鞘であるカエデの相棒が静かに呟く。
『テメーラ。ゴチャゴチャイワズ、マエミロマエ。アツサノゲンインナンテ、イチモクリョウゼンダ、ゼッ』
そんな生きた鞘の言葉に導かれるようにして、二人は一様に遥か前方の景色を見つめる。
暑さの原因。次なる彼女達の舞台。紡がれる物語。
「カエデちゃんの見間違いじゃなければ… ねぇ、此処、至る処から《炎》が立ち昇っているように見えるのだけれど。カエデちゃん達、いつの間にか地獄の一丁目にでも迷い込んでしまったのかしら」
「んー? んー。ちょっち違うでしょー、あれは」
彼女らの前方の針路に立ち昇る炎。一見何の変哲もない丘。周囲を険しい山々に囲まれ、針路として進むべきその中間に位置する丘陵にて、炎は彼女らに立ち塞がる。
壁の様に。檻の様に。周囲から断絶する様に。炎の通り道は、遥か前方にて鳴動鎮座し、彼女たちの行く手を遮る。
一瞬の焦りを見せるカエデとは裏腹に、普段と異なり、その異名通り魔女の顔を覗かせながらカンナが続ける。
「当然、蜃気楼でも陽炎でもない。山火事じゃ無いけど、幻影でもまやかしってわけでもない。正真正銘、あれは炎だよ、ツンデレちゃん。ただし、火種を必要としない魔術的な炎の類さ」
「ちょ、ちょっとそれどう言う事? 年増ちゃんの様な魔法使いがあの炎の壁を作り出しているとでも言うつもり?」
「にゃははは、どうだろうねぇ。でも、要因ってか原因があるとすれば《あの街》だろうね」
カンナの言葉通り。
どうやら炎は、ただ地面から噴きあがっているわけではないようで。燃え盛る炎のその奥で浮かび上がるのは、陽炎のように揺れる、そんな紛れも無い街の姿だった。
炎は、まるで街を取り囲むようにして。或いは… 何かから護るようにして。件の街を壁の様に取り囲んでいる。
「火に取り囲まれた街。いずれにしても、年増ちゃんに地図を任せたのがそもそもの間違いでしたわ。これじゃ近道でも何でもないじゃない! 迂回しなければならない分、余計に遠回りよ。と言うより、むしろ戻るしか方法は」
「何言ってるの? 戻る必要なんてないじゃん。当然行くよ、あの街ん中。言ったでしょ? ここを抜けるのが近道だってね。それに、あんな面白ソなところ… 無視出来るわけないじゃん♪」
「何だか、嫌な予感しかしないわ。飛んで火にいる夏の虫、なんて事にならなければいいのだけれど…」
明らかに乗り気でないカエデに対し、意気揚々とさながらスキップをするかのように、そして汗の一つもかかず。カンナは、紅蓮の炎へとその歩みを寄せる。
「ほらほら見てよ兎ちん。ご丁寧にも街の入り口だけは炎の壁に穴があるよ。これはもう行くしかないよね~」
「… ただし、一度入ってしまったらきっと出口は無いわ。そんな虫の良い話があるわけ無いものね、うん」
炎の壁に取り囲まれた街 《ファイアウォール》
彼女達は、誘われるようにして火中へと、その身を投じていく。
END