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《彼岸の椅子》
遥か昔から、その一脚の古椅子はそう呼ばれてきた。
度重なる災害にも耐え、何世代往壮年もの年月を重ね、その椅子はただそこに在り続ける。
正式名称は今となっては誰にも分からない。見た目は何の変哲も特徴もない古びた椅子。ただいつの頃からか、その椅子は彼岸の椅子と、そう呼ばれるようになった。
「その椅子に座った者の前には、その人物の所縁のある者、例えば遠い先祖や既に亡くなった肉親… が現れ、様々な啓示を与えてくれると言い伝えられているのにゃ」
次なる目的地である旧都市、《グレイヴヤード》へと向う最中、灰色猫は愛弟子の横を四速歩行で歩きながら、そう語った。
「昨夜の続きですね? 師匠」
「そうにゃ。昨日の夜は、誰かさんが話の途中でぐーすか寝てしまったからにゃ。だからこそ、こーして歩きにゃがら喋っている次第なのにゃ」
「はて。一体、誰のことなんでしょうねぇ。それより師匠、この名探偵ナナイロが導く緋色の推理によると… 次の目的地は、ズバリ、その椅子のある場所ですね? そうなんですねぇ!?」
「それも事前に伝えていた筈だにゃ。単にニャニャイロが忘れんぼーなだけにゃ」
「あは、あははっ… さいですかぁ。えへへ」
大きく溜息をついた灰色猫は、改めてその小さな口を開く。
「まっ、良いのにゃ。重要なのは確かにその彼岸の椅子なのにゃ。言わずもがにゃだけど… にゃー達はその椅子に座り、その力、恩恵を賜りに向かうのにゃ」
「はぁー、そうですかー」
なるほどねー。そう感心したように続けて呟くナナイロに対し、頭を抱えてその場でうずくまる灰色猫が興奮気味に言う。
「そうですかー。じゃないのにゃ!! その様子だと、やっぱり昨日の夜にゃーが話した事は全く全然これっぽっちも頭に入ってにゃいよーだにゃ、この馬鹿ちんがっ!」
「はてさて。ナナはどーして怒られているのでしょーか」
尚も頭を抱えて小さく唸る灰色猫は、ぐったりしながらもぼやくようにして続ける。
「良いのか悪いのか。相変らず、ニャニャイロと喋っていると力が抜けるから困りものにゃ」
そんなセリフとともに破顔一笑した灰色猫は、気を取り直し再び四足歩行で立ち上がり、隣に佇むナナイロを見上げながら宣言する。
「実際のところ。にゃーは… もう、神様を頼らないと決めたのにゃ」
「えーっ、ししょーってば今度は何ですかぁ藪から棒にぃ。それが仮にもシスターに向かって言うセリフですかぁ?」
「うっ。まぁ、とにかく最後まで聞くにゃ。にゃーは神様には頼らない。けどにゃ? 現実、現状。にゃーは藁をも掴みたい思いなんだにゃ。可能性は、1%でも上げておきたい気持ちでいっぱいなんだにゃ」
「ふむふむ?」
だからこそ。そう結んだ灰色猫が、身軽な動きでぴょんとナナイロの肩へと飛び乗る。
「にゃーはにゃー自身の得意分野で、《救済の道》を探るのにゃ」
「ホーラク師匠の得意分野? あぁ、ネコパンチですか? それとも猫撫で声? 猫騙しとか!? うーん、改めて考えてみると。ナナ、師匠の事については、知らない事が多いんですよねぇ。例えばほら、診療所のグウネさんには《キルケ》なんて呼ばれていましたし… え? あれれ?」
「? 今度はにゃに?」
「あっいえ。すんごい今更なんですけど、そーいえば、師匠ってば本当に猫なのかなーって思いまして。ほら、人語を理解して操り喋る猫だなんてそれこそ幽霊よりレアケースですし。あっ、でもでも。師匠は師匠ですから! ナナの大切なお師匠さんですからねっ、例え何者であろうと尊敬してますよ、はい」
「… 本当に今更だにゃ。そう言うマイペースで素直なところはニャニャイロの長所、と言えば聞こえはいいけど… 度が過ぎるのも困りものにゃ。それに、にゃーは背中で語るタイプだからにゃ。自ら必要以上を語るような真似はしにゃいのさ」
まるで宥める様にして、或いは誤魔化すように。ぽんぽんと二度ほどナナイロの頭をその小さな肉球で撫でた灰色猫が、じぃーっと行く先を見据えながら呟く。
「まっ、冗談はさておき。地理的にはそろそろ着いても可笑しくにゃい筈なんだけどにゃ」
「あの~、師匠? ナナの気のせいだったらゴメンナサイですけど。何だかこの辺り、ひとけが無いどころか何が出てきても可笑しくない雰囲気しちゃってますよ!? 本当にこっちであってるんですかねぇ?」
「当然。にゃーは誰かさんと違って方向音痴じゃにゃい。それに、その雰囲気こそが、にゃー達の目的地に近づいているってにゃによりのしょーこなのにゃ。にゃぜにゃら、にゃー達の次の目的地、《グレイヴヤード》は… かつて、人間によって棄てられた街。ゴーストタウンだからにゃ」
END