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第十三戒「残響。彼岸へ至る椅子」
「時にニャニャイロ。幽霊って、信じてるかにゃ?」
夜の帳が下りる頃。
ナナイロの念願だった野宿を果たした一人と一匹。
灰色ではない、本物の惑星月夜の星の下、彼女の師匠たる灰色猫が焚き火を前にして静かに語り出した。
「幽霊。まぁ、精霊やら幻獣、暗黒の類にゃんて奴らが実在するこんにゃ世のにゃかだからにゃ。実際、幽霊の一匹や二匹居たって可笑しくは…」
そう言い掛け、ふと対面に座る愛弟子へと目を向ける灰色猫。やけに静かに、口数も少なく。ナナイロは、一心に夜空を見上げながら口を挟む。
「あは、あはは、あはははは。ゆ、ゆ、ゆ、ゆうれ、幽霊? い、いやだなぁー、師匠ったら。そ、そそそそそそ、そんなの、居るわけないじゃないですか、ないですか、ないですか、かか、かかかー」
「面白い位に分かりやすい反応だにゃ」
たらたらと滝のように汗を流し、虚ろな目で虚空を眺めるナナイロを尻目に。七又に別れた灰色の尻尾を一本へと収束させながら、灰色猫が再び問う。
「ニャニャイロ、それじゃあ質問を変えるのにゃ。ニャニャイロにとって、もう一度会いたい人物って… 居るかにゃ?」
「……… はい、勿論です。居ますよ、師匠」
少女は想い描く。
かつて彼女を支え、彼女を救おうと試み、その果てに姿を消した。そんなたった一人の彼女にとって身近な縁者の姿を。
「うん、すまにゃい。愚問だったにゃ。それに、デリカシーって奴も足りなかったかにゃ?」
「いえいえ。いーんですよ師匠。ただ、出来ることならもう一度会いたいなーって、柄にもなくちょっぴりセンチになっちゃっただけですから。それに、別段その人、死んだってわけじゃありませんし。こーやって旅を続けていればばったり再会するなんて事もあるかもしれませんよねぇ? …… あははっ、そーゆーのって、ナナには似合いませんよねぇ?」
対する灰色猫に言葉は無く。
黙って、傍らにあった枯れ枝を焚き火の中に放り込むことで、その答えとする。時折爆ぜる焚き火の真っ赤な炎だけが、闇夜において一人と一匹の会話を繋ぎとめる。
「… 今からする話は、そうだにゃ。良くある御伽噺、噂話、与太話、怪談話。そんな精度の世迷言だと思ってくれれば、それでいいのにゃ」
「ご、ごくり」
そう、静かに前置きをした灰色猫は、ナナイロを諭すようにゆっくりと語り始める。
END