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「探したよ、まさかこんな所に居るなんて。この雨の中迷子になるなんて、そんなにボクを心配させたいの?」
もはや、止みつつある小雨の中でも十分に目立つ、そんな 真紅の日傘 《だけ》を手にした一人の少女が些か興奮気味にそう訴える。
「… いえ。そんなつもりは勿論ありませんよ、どうか落ち着いてください。それに、ほら、何時の間にやら雨も弱くなってきましたよ。ね?」
「それとこれとは話が違う、それにボクは君の《監視役》だよ? 加えて、今のボクは君のボディーガード役でもある」
「ボディーガードだなんて、シノノメさんは相変らず大仰がすぎます。僕は見ての通りの戦闘力ゼロな人間ですから、無茶はしませんよ」
シノノメ。少年にそう呼ばれた一人の少女。
かつて、幻獣殺しと呼称され畏怖の対象とされしツギハギだらけの赤き怪物少女。
二年間という時間は、彼女の体を年相応の少女のソレに育むには十分すぎる時間だったようで。
成長期である今の彼女の身長は、ゆうに少年のソレを追い越していて。例えその体に幾つもの継ぎ接ぎがあろうとも、幼さと不安定さを同居させていた当時の面影はもはや限りなく薄い。
あるのは、何かを乗り越えた者が持つ力強い眼差しと、今も変わらず燃えるように朱い、そんな癖ッ気のあるくしゃくしゃの赤毛メデューサヘア。
「今のセリフ、いつかの魔法使いに聞かせてあげたいくらいだ。君は、今だって実際無茶ばかりしているよ」
「……」
いつかの魔法使い。
継接ぎの少女のそんなセリフに対し、目を細め口を紡ぐ少年。その相変らずのポーカーフェイスからは、彼が今何を考え、何をしようとしているのか? それを読み解くことは誰にも出来ない。
目の前の少女と違い、二年前も、そして今も変わらず。何一つ変わらぬ姿の件の少年。
成長しなければ、老いもしない。そんな時間の止まってしまった少年の。もし、そんな彼に変化のあった部分があるとしたら、それは、そうたった一つだけ…。
「そう言えば、何で君はびしょ濡れなの? ボクが貸してあげた、あの傘は?」
「あっ、いえ。その…… あははっ」
「… 返答によっては、この場で叩き斬るよ?」
「シノノメさん。あなたはもう、平気でそんな事が出来る人物じゃない。そうでしょう? 少なくとも僕はそう思っているんですが。僕の認識はどこか間違っていますか?」
赤の少女による、氷のような視線を諸共せず、少年は優しい微笑を携えながらあくまでそう訴える。心の底から、そう信じ切っているような真っ直ぐな眼差しで。
そんな睨み合いとも取れぬ視線の交錯、相手の腹の探りあいがどれくらい続いただろうか? やがて、最初に根負けをしたのは、やはり赤の少女だった。
「もう良い分かった、傘に関しては忘れる。君に貸した時点で、無事に戻って来るとは思ってなかったし。模様違いを、いっぱい持ってるし… でもあれ、中でも結構気に入ってた奴だったのに」
「全然忘れられてませんよね、それって。あっ、いえ… 勿論僕が言えた義理じゃないんですけどね。えーと、その、この借りはきちんと返させて頂きますので。はい」
「期待しないで待ってるから、しっかり反省してよね」
そんな事より、そう言い結んだ彼女の顔が、今までのそれと違い若干の緊張感を含んでいる事に、少年はすぐに気が付いた。
とどのつまり、此処から先は笑顔の介入する隙間の無い話。彼らにとっての命題の話。
「次のターゲットの場所が確定した、これから先そこに向う事になると思う」
「…… そうですか…… はい、分かりました」
「一旦隠れ家に戻ろう、アラヤが待ってる」
言葉無く、ただただ静かに頷き返した少年の頬を伝う雫。雨音だけが知っているその正体の意味する答えは?
三者三様の旅の果てに。それぞれが行き着く先は、一体何処か?
七色の修道女と灰色猫が巡る救済の旅。
魔女と探索者が探る求道の旅。
そして。
白の星の少年が辿る…。
交錯する人と人。思惑と思惑。運命と運命。
それぞれの旅路にそれぞれの想いを篭め、彼らは廻る。
彼らがその果てに手にするもの、それはまだ闇の中… 彼らの結末は、まだ戒かれない。
第十一戒《了》