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カエデの元から距離をとるため、咄嗟に走り出したカンナを追いかけ、その手足を時折擦り合わせながら何体かの《アンシリーコート》がまるで空を這うようにしてその後に続く。
「うーん。なんて言うかさぁ、何度視てもちょー興味深いよね~君たちは。魔法使いの血が騒ぐっていうのかにゃー。研究のしがいがありそうっていうのかなぁ」
この世界に顕現を果たして二年。
一体、どうやってこの世界にやって来て、その目的は何なのか? 未だに全容の一端すら明らかにされぬ謎の多い生態。
そんな彼らに対し、後方を確認して走りながらも、ぽつりとそう呟くカンナ。
聴力も視力も、心も持たぬ件の暗黒達は本能の赴くまま、惹き付けられるようにしてカンナの元へと列挙する。
そんな百鬼夜行を先導するカンナが、そよ風に揺れるそのマントを翻し、ふいに両足を止める。
「… 最も、魔法使いなんてカテゴリーは、今となってはもう絶滅危惧種なんだけどね。って、そんな事はどうでもいっか」
あっけらかんと笑いながら、魔法使いは手にした小さな杖を構えながら、尚も独り言のように呟き続ける。まるで、誰かに言い聞かせるようにして、淡々と。
「でもね。私はしつこいよ~。そう、しつこい女なのさっ! いつまでも魔法使いって肩書きに拘るし、一度決めた事は死んでも諦めない」
そして、数小節の短い詠唱を唱えた後、杖を高らかに掲げて見せるカンナ。
「《アンシリーコート》、あの日、二年前のあの日以降、この世界に存在するようになった化け物野朗共。それってさー、どー考えても関係してるよね………… セツリと。単なる偶然じゃない。絶対、ぜーーーーったい、意味がある筈なんだ。こいつらの動きが活発で頻繁に現れるってことは、きっと、セツリに近づいてるって証明なんだ!」
だからこそ。
そう結んだ彼女は、掲げたその杖に力を込める。魔力を込める。その意思を込める。
卓越された所作と内包する膨大な魔力による魔術反応。カンナの詠唱が自然界の法則と反応し、びりびりと空気を震わせる。
黄昏を貫く蒼き閃光。
その刹那。
空の裂け目から青き稲妻が堕とされ、突如として場を包みこむ。
そして、魔法使いの合図を切っ掛けとして、漂う暗黒を切り裂くように境界の外達に獰猛に襲い掛かる。
「諦めたく無いんだ。これ以上、私はもう、悔やみたくない」
カンナによって呼び寄せられた青い稲妻は、瞬く間に暗黒の類を喰らい尽くし、一呼吸にも満たぬうちに跡形も無く消え去っていく。
野獣ように獰猛な圧倒的な魔力のうねり。
「にゃっはっは~! 今日の私もゼッコウチョー。最少魔術でこの威力ぅう!」
後に残るのは、そう。
幾許かの焦土が語り、青の炎が囁く、まるで傷跡のような戦闘の残り香のみ。
「セツリ。例え君にどんな考えがあろうとも、どんな想いがあろうとも、何が起ころうとも。その隣に私がいないのは… 大きな大きな間違いなんだぜぃ。勝手に一人で決めて、勝手に居なくなっちゃって。私はね、私はそれが許せない」
ずっと一緒に過ごしてきた一人の少年。
護ると誓った筈なのに。あらゆるものから護ると決めたのに。
それなのに。
少年にとって、あんな結末を用意してしまった。二人にとっておよそ似つかわしくない未来。
側についていながら、それをさせてしまった。それを選択させてしまった。
そんな自分が何より許せない。
「私は君を取り戻すよ。どんな手段を使っても。どれだけ時間が掛かっても。誰が犠牲になろうとも。持てる力を全部ぜーんぶ使ってでも! きっと、絶対、やり直してみせるから…」
戦闘行為の残滓。周囲に点在するそんな小さな青い炎を、そっと鎮火するようにして。
雨は、突如として降り始める。抱くように、巻き込むようにして、雨は優しく総てを包み込んでいく。
「だから。そうだよ、私を邪魔する奴は、ぜんぶ、ぜーーんぶ居なくなればいいんだッ!!! 嫌な思いは、私がぜーーーんぶ消し去ってあげる。消滅させてあげる。いないいないばーしてあげちゃう。だからセツリ、きっと君を迎えに行くよ…… この世界に誓って、ねッ」
魔法使いの、否、稀代の《魔女》と成り果てたカンナが猛り、そして哂う。
「雨。これから強くなるのかな? でも、こんな時こそ、こんな時だからこそ、先に進まなくっちゃね! まずはあの兎と鞘の漫才コンビと合流しなくちゃ」
END