11-2
◆ ◆ ◆
一人と一匹から程なく離れた、とある街道にて。
「一つ、提案なのだけれど…」
黒の外套から覗く流れるような白長髪。総てを見通すような鬼灯色の瞳。そして、そんな女性の身にはおよそ不釣合いな漆黒の長剣。
少女は、尚も続けて言葉を紡ぐ。
「いい加減、その呼び方は止めてくださらない? 正直、毎回毎回虫唾が走るわ… 年増ちゃん?」
そして、もう一人。
そんな少女の数歩前方を無言で歩き続ける人物が一人。
「… は? はぁ? はぁああああ? かっちーーーーん。どの口がそれを言いやがりますかねぇ。ぁあん!? やーっぱりあんたなんて、ツンデレ兎でじゅーぶんだもん!」
「うん… やっぱり虫唾が走る。加えて《だもん》とか。年増ちゃんは、もっとご自身の年齢ってやつを真剣に考えるべきだわ、うん」
「なんだとこんにゃろー!」「とうとう決着をつける時ってわけね?」
女が二人。
もとい、一食触発状態のそんな臨戦態勢の旅の女が二人。
空気が震えるように振動し、張りつめる。
ただの同性同士の喧嘩。ただの言い争い。そんな状況からは明らかに一線を画すような、圧倒的威圧感と凍てつくような緊張感が場を支配し始め、嵐の前の静けさを演出する。
周りにひとけが無い事のみが、唯一無二の救いどころ。
そんな刹那。
『イイカゲンニシヤガレ、テメーラ』
只者で無い二人の只事でない状況を諫める天の一声。そんな大役を果たす責任重大たる第三の人物。
だが、そんな第三の人物もまた、やはり只者ではないようで…
『マイカイマイカイ、クソメンドクセーッタラアリャシネーー、ゼッ!』
声はするものの、その人物の姿は見えない。在るのはそう、戦場と化した現場に修羅が二人。
だがやはり。その声は、その第三者の声は、決して空耳でも幻聴でもなく。
空気の振動を通して二人に伝わる確かなその声は、紛れも無く………… 白の少女の、そんな彼女が携える古めかしい《鞘》から聞こえてきた。
「止めないで、サイユー。これはね、言わば通過儀礼。二人にとって必要な闘争なのよ!」
「そーだそーだ…… ってかさぁ、私、未だに馴れないんだけど。ツンデレ兎ちんのその鞘。今でもあんたの隠し芸的腹話術にしかみえないもん」
「か、隠し芸ですって?」
「あの時はさぁ、確かにそんな話もしたけどさぁ。ぶっちゃけ私も半信半疑だったしさぁ、まっさか本当に見つけちゃうなんて夢にも思わなかったし…」
一見すると、否、誰がどう見たとしても。
それは、唯の古びた長剣用の《鞘》だった。当然ながら口があるわけでもなく。ましてや、人間である筈も無く。
何の変哲も無い、むしろ地味で華美の欠片も無いような唯の鞘。
だがしかし、そしてしかし。
正に神の悪戯、或いは悪ふざけの領域であるが如く、何の因果か… その鞘には確かに魂が宿っていた。
「ふん。このカエデちゃん、事、探すことに関しては誰にも負けないと自負しているもの」
「へー? ほー、ふーーん。だったらさぁ、どーして私達はいつまで経っても女二人旅(+へんてこな鞘)なんて味気なーい人生の無駄遣いをしているのかにゃぁ?」
そんなセリフを合図に一方は懐から杖を、もう一方はその鞘に手を掛け、互いに臨戦態勢を構える。
「どうやら、本気で切り刻まれたいようね… このお馬鹿ちゃん!」「なんだーこのやろー。やる気か! やる気なのか!」
再びの一色触発。不安定な爆弾を抱えて尚、留まる事のない二人の矜持。
もしも。この時この場に置いてそんな二人を諫められる人物、否、存在があるとすればそれはたった一つ。
勿論それは…
『ダカラヨォ、テメーラバカナノ? ナァ、シッテルカ? ソーユーノ、ドーゾクケンオッテイウンダ、ゼッ!』
諺を語る鞘に窘められる、そんな同レベルの思考能力を持った人間が二人。
シュールを通り越して一歩間違えればとても痛々しいような、人間としての尊厳が問われる光景。
「サイユー。あなた、一体どっちの味方なの?」
『ベツニ、オレハオレダ。ダレノミカタデモナイ。ミルニタエナイ、キクニタエナイテメーラニンゲンドモニ、アリガターイジョゲンヲヤローッテンダ。ソモソモヨォ、テメーラモット』
「にゃっはっは! そんな人外に諭されるとは、情けないぞキミィ」
「なんで自分は関係ないような顔してるのかしらね? 半分は年増ちゃんのせいでもあるのよ?」
「だ・か・らっ! 年増ってゆーーーーな!! このツンデレ兎! ばーかばーか、マヌケー」
「ぶった斬るわよ? はん。どっちが本当にお間抜けちゃんか。胸に手を当ててよーく考えてみることね」
『… ナァ、キイテル? オレノハナシキイテル? ナァ、オイ』
終わることの無い言い争い、果てることの無い罵り合い。不毛のスパイラル。罵倒のウロボロス。
口は無くとも、人でなくとも、残念な事にこの場において唯一の常識人、否、常識鞘であった件の鞘は。
どうする事も出来ない己の無力さと、その身に尚も奇異な因果をもたらし続ける世の無常を嫌と言うほどに実感し、とうとう彼は…… 考えるのを、止めた。
『アンナトガッタヌキミタチヲオサメラレネーオレハ、サヤシッカクダ… ゼッ』
魔法使いカンナと探索者カエデ。
少なくとも二年間という時の流れは、それぞれの人物を心身共に少なからず成長させるに至ったようで。
残念ながら。その性格、そしてなだらかな胸に成長の痕跡は殆ど見られなかったものの、その顔つきにある種の面妖、幻妖、奇矯さを放ち、そして何より纏う魔力に変化の見られるカンナ。
一方で。少女から一人前の女性へと、少なくともその身体においてはカンナとは正反対に十分な成長を遂げ、その腰に旅の目的の一つだった生きた鞘を誇らしげに携えるカエデ。
この二年の間において、二人の間に何がありどういった経緯が、今のこの状況を生み出すに至ったのか。
それを知るのは、当事者たる二人のみという話。
ただし、唯一確かな事があるとすれば。二人にとっての共通項であり、最大の目的があるとすれば、それは勿論…
「胸? 胸だとっ? ……… くっ。それが持つ者の余裕と言う奴なのかっ! 神はなんて残酷な真似をしやがりますかねっ。本当」
そう言って、カエデの胸に対し羨望と嫉妬の眼差しを隠すことなく向けるカンナ。
「む、胸は関係ないでしょ? そういう意味で言ったんじゃないわよ! こんなの、無駄にあっても肩凝るだけよ。戦闘の邪魔ね、うん」
「かぁー、言うねー、コンチクショウ…… ねぇねぇ、それよりさ。私、さっき猫ちゃんと喋ってる女の子を見たよ。可愛いよねー、私にもそういうピュアな時期があったなぁ」
「猫が喋る? はん、馬鹿馬鹿しい。年増ちゃんの癖して、一体いつまで少女趣味全開なお花畑ちゃんなのかしら。そしてあなたは一体お幾つなのかしら? ねぇ、サイユー」
『アァ、マッタクダゼ。ダイタイ、ネコガシャベルワケネーヨ』
「いやいやいやいやいや、あんた達のがよっぽどだからね?」
そんな崩壊一歩手前の微妙なバランスと異色の賑やかさを携えながら、奇妙なパーティーは前へと突き進む。
総ては。セツリ=ブラックハート、その人と再び巡り会う為に。
END