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第十一戒「交錯。非点収差の雨」
「なーんて顔してるんですか師匠! 暗い、とっても暗いですよぉ!」
グウネと別れ、ハイネストの街を後にした一人と一匹は、次なる目的地へと赴くべくその歩みを進める。
いつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべながら、まるでスキップでも始めそうな位に明るく、努めて明るく。
若き虹色の修道女が言う。
「たかが、味覚を失っただけじゃないですか~。死ぬわけじゃありませんしー。ほら、考えようによっては、手足が無くなっちゃったり、動けなくなるような重病に掛かるよりずっとマシってもんです。こうやって師匠と一緒に支障なく旅を続けられるんですからね~、あっ、今の失笑でした? えへへ、なんちゃって」
そんないつもと変わらぬ笑みの裏に、いつもより早口で多くを語る彼女に、普段の彼女らしさなど微塵もある筈が無く。
あるのはそう。その相棒たる一匹の灰色猫を心配させまいとする、そんな掛け値なしの彼女の本質本音のみ。
「にゃーは、まがりにゃりにもニャニャイロの師匠という立場にあるのにゃ。ニャニャイロにはこの旅を最後までやり通して欲しい。それがにゃーの本心だしそれを支えるのが役割だと思ってるのにゃ。そのためには、にゃーは何だって協力する。けれど、けれどにゃ? 本当にこれで良かったのか… 全く後悔が無いと言えば、それは嘘ににゃる」
前を往くナナイロのその隣へと、そっと寄り添いながら、そう唸るようにして言葉を搾り出す灰色猫。
今はただ、そうやって彼女に寄り添う事しかできないという現実が、灰色猫の小さな胸を締め付けるかのようにして。
「はい、分かってます。この旅は元々、不肖このナナが決めた事ですから。少なくともナナに後悔はありませんよ、ホーラク師匠。えへへぇ、師匠は相変らずのツンデレさんですねぇ」
満面の笑顔を携えつつそう言い放ったナナイロは、彼女の隣を同じスピードで歩く小さな相棒をひょいと抱き上げ、ふいにその場で立ち止まる。
「でもね、師匠。確かに後悔はありません… けど、ちょっとだけ怖いんです。自分が、少しずつ自分じゃ無くなってしまうみたいで…」
「ニャニャイロ?」
「ねぇ、師匠。ナナのために何でもしてくれるって言うのなら早速一つだけ。ちょっとの間だけで良いんです。こうして… ぎゅーって、抱きしめさせてくださいねっ」
「お安い御用だにゃ。にゃーの素敵なフカフカボディを、好きなだけ堪能するといいのにゃ」
「嬉しいですっ!」
「ぐ、ぎぎぎ、ぐ、ぎ、ぐ、ぐるじい、にゃ、容赦にゃい、力加減に、容赦がにゃい!」
その瞳を涙で滲ませながら、その腕に更なる力を込めながら、少女は祈る。
過去を紡ぎ未来へ繋げる今を成す為、少女は祈る。
END