10-7
◆
「ニャニャイロ。お疲れ様だにゃ、君は本当に本当に良くやったのにゃ。にゃーは心の底から誇りに思う」
「クタクタのヘトヘトです、師匠」
「ニャニャイロ。今日はにゃん十人の戒呪を行った?」
「とってもいっぱいです、師匠」
「ニャニャイロ。身体に、どこか違和感は?」
「…… どうしてでしょうねぇ、師匠。さっきからナナ、お夕飯が、ちっとも美味しく感じられないんです。何を食べているのか、全然、分からないんです」
「何てことにゃ… 今度は、よりにもよって味覚が…。ああ、神様。どうか、どうかこの子が壊れてしまう前に…」
静かに両の瞳を閉じ。
半ば嘆くように、絶望するかのようにそう呟いたものの、言葉の途中でその口を噤んでしまう灰色猫。
目の前の愛弟子を見つめ、凍てつく夜空を見上げ、自身の灰色の両手を見つめる。
やがてその顔は、何かの覚悟を決めた漆黒のその表情は、夜露に濡れて冷たく輝くその瞳が見つめる未来は。
「いや、違う。違うだろ。この世界に、この星《惑星》に元々神にゃんて居ない。だからこそっ! ニャニャイロ自身を救うには、やはり…」
希望と絶望はいつの時代も紙一重。光が存在する為には闇が必要であり、その逆もまた然り。
奇跡の対価は、決して軽くは無かった。それが事実であり手の届く範囲の現実。例えそれがまやかしであろうとも、人々がそれを奇跡と呼ぶ限り、代償は常に求められる。
それでも彼女は、その灰色の希望を手放す事をしないだろう。
一握の希望。偽り色の救済。彼女が壊れてしまうのが先か、はたまた真実の救済が先か。
虹の彼方は久しからず。答えは、遠くない未来にやって来る。音も無くひっそりと、さながら這い寄るようにして。
これは、そう。七色の少女と《戒め》との、結果の見えた戦争なのだから。
◆ ◆ ◆
翌日からの診療所の再開、そして研究の再始動の準備を終え、ふと未だにぽっかりと空いたままの診療所の大穴を見上げるグウネ。
「そーいや、あの穴も塞がねーとだよな。面倒な事この上ねぇったらありゃしねぇよ… んー、でも、そうだな。やっぱり暫くはこのままでも良いかもしれねーな」
空は、いつかと同じ満天の星で埋め尽くされている。星と星とが数珠繋ぎのように隣り合い、瞬く。まるで、宇宙そのものを現しているかのように果てしなく、美しく、そして未知なる可能性で満ちている。
「今夜は惑星月夜だな。これもナナイロのおかげって奴なんだろうか。こんな夜空を見上げるのは久しぶりだ…… セツリの奴は、今頃どこで何をやってんのかねぇ。あの野朗、カンナを泣かせて、一人で消えちまいやがって… せめて、元気で生きててくれりゃ良いが」
大きく深呼吸をして、瞳を閉じる。
さながらそれは、再始動のための通過儀礼。
「《あれから二年》… 世界は、再び動き出そうしているのかもしれねーな」
それぞれの思惑の果てに、それぞれの惑星月夜が明けていく。
変わってしまったものと変わらなかったもの。夜明けに待つのは希望か、それとも絶望か。
星の白夜から二年後のこの世界において、少女の祈りは、一体何を誰を救済するのか? そして、少女自身に救済の時は訪れるのか?
多くは未だに闇の中、彼女らの明日はまだ戒かれない。
第十戒《了》