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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
《第二部》第十戒 「戒め。虹色の掌≠灰色の救済」
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10-4

 翌朝


 すっかり荒れ果ててしまった診療所内において、その診察台をベッド代わりにし、未だまどろみの渦中にいるナナイロを意に介さず。

 一人と一匹は改めて対峙を果たす。


「風の噂で聞いたのにゃ。君の診療所が、いや、君がすっかり変わってしまったと」

「ふん、何を今更。このご時世、変わらずに居られる奴の方が少ねーんじゃねーのか?」

「滅多な事を言うもんじゃにゃい。かつての君の中には、確固たる信念と強い意志があった筈だにゃ」

「知ったような口を利くじゃねーか… ああ、そうさ。確かにアタシにはアタシなりの矜持ってやつがあった。けど、所詮は無為無駄無力」


 変わってしまった世界。

 あの日、《開錠》を果たしてしまった世界。


 変わってしまった者。

 変わらなかった者。

 そして。未だ、その渦中に在り続ける者。


 白と白が出会った世界の一部分。一地域。ほんの一握りの変化。ただしそれは、生きとし生けるものにとって決して小さくない変化。


「《呪いは本当に自然現象なのか?》かつて、にゃーと君が掲げた大きなテーマだにゃ。星の天砕、そして先の《星の白夜》。にゃーの抱く懸念は日に日に増すばかりだにゃ。それにゃのに君ときたら、すっかり心をへし折られてしまうとは何事にゃ!」

「はん。解呪師の端くれだったら、誰もが痛感する事だろ。己の不甲斐なさ力量不足。現に、今も尚解決しない未来への負の遺産。ある意味、呪いの進化の過程。イヤ、ある種の到達点と呼ぶべき代物。抑止力。違うか?」

「にゃにゃにゃ。研究者らしく、ちょっとは調子を取り戻してきたかにゃ? それでこそ、にゃーが旅の足掛かりとしてまずここを選んだ甲斐があったってもんだにゃ」

 灰色猫は、得意顔でそう頷くと共にすたすたとナナイロの眠る診療台の上へと近づき、ぴょんと飛び乗る。

「チッ。久しぶりに、見たくもねーてめーの顔を見ちまったせいで口が滑っただけだ。けど、それだけ。何にも変わりゃしねぇよ。それが現実ってもんだろ。嫌と言うほどの現実だよ」

 そんな捨て台詞を残し、グウネもまたその場から立ち上がり診療室の奥へと姿を消し、数刻の後、とある一体の石像を抱え灰色猫の前へと舞い戻る。


 石像。

 そう呼ぶにはあまりに精密で精巧で…。まるで、そう、まるで人が有りのまま、そのまま石にでも成ったかのようなあまりに見事な出来栄えの、そんな石像。


「にゃー。そうか、ここは診療所だもんにゃ。君は人一倍その苦しみを味わってきたという事か」

「… 言っておくが、勿論コイツ一人じゃねーぞ。その瞳孔開きっぱなしの眼で、ハイネストの街中も視てくると良い…… 患者は、日に日に増えるばかりだ。当然だよな、治療法……… 《解呪の方法》が見つからねーんだから」

 

 ゴトリ、と重厚な音を立て件の石像を灰色猫の目の前へと丁寧に鎮座する。今にも動き出しそうな、そんな表情をしたとある少年の石像を。

 変わってしまった世界。二つの特異点が出会った事で、呪いは、一つの到達点を迎えた。



 《星の白夜》

 その日を境に、とある一定の範囲の地域のみに起こり得た現象―― 《そのレベルに関わらず、呪いを抱えた人間が一斉に石化する》というその怪異なる現象。



「知ってるにゃ。せめてもの救いは、その現象の規模が世界的で無かった事。ただし、それもあくまで今のところは、の話にゃ」

 そう語尾を濁す灰色猫。とどのつまり、特異点は二つだけではないということ。それは、まだまだ終わりの始まりに過ぎないということ。

「それだけじゃねぇ。あの日以降、あの日あの瞬間に呪いを抱えていなかったとしても、どんな小せぇ呪いだろうと、患っちまった瞬間、その場で石化しちまう。あの光を浴びちまった人間は、どこへ逃げようとどこへ行こうと… 逃れられねぇ、まるで時限爆弾を抱えて生きるように」


 第一段階。《星の白夜》に至ったその日に呪いを抱えていたとある地域の人間達が、一斉に石化する。

 第二段階。《星の白夜》以降に呪いを抱えた人間でさえ、その呪いを患った瞬間、そのレベルに関わらず石化する。


「問題は。星の白夜の日に放たれた白の閃光。その光の届いた範囲とそれを浴びてしまった森羅万象にゃ。その地域。人は石化を待つ生ける死人。空は星の無い灰色の空… にゃんだかな」

「アタシも解呪師の端くれだ。相手が呪いであれば、解呪の方法を発見してみせる。当初は… 確かにそう意気込んでいたさ。それがどうだ? その片鱗すら辿りつけない。所詮アタシは…… そんな程度の人間なのさ。幻滅しただろ?」

「これは思ったより重症。やれやれだにゃ」

「久しぶりに喋ったら… 何だか、疲れたよ。キルケ、悪ぃが、てめーらにゃそろそろおいとましてもらおうか」

 再び。

 昨日の夜と同じようにして、天井に空いた大きな穴を一心に見つめるようにして虚ろな眼をするグウネ。

 だが、そんな彼女に対し、一際強い口調で彼女の意識を引きずり戻す人物、否、猫が一匹。

「そうはいかにゃい。かつての君は言った、どんな最悪な状況だろうと、必ずどこかに希望はある。それを見つけるのが研究者たる自分達の仕事だとにゃ」

「アタシに説教垂れるたぁ、随分と良い度胸じゃねーかコラァ。知ってんだろ? アタシは何より口先だけの奴が大嫌いなんだ… 今の、アタシのような、口だけで何の力も無い人間…… 誰も護れない人間… 一人も救えない人間… アタシは、アタシは… あいつらを…」

 虚ろなその表情をとめどなく伝う幾筋もの涙。グウネは、かつての同胞を前にしてその姿を隠す事もせず泣いた。そんな虚ろな表情には不釣合いな、感情の涙を。

「君の涙を見るのはこれで二度目だにゃ。さぁ、そろそろ目的を果たすとしますかにゃ」


 終わり無き絶望に終止符を打つため。

 そして、救いの無い世界に救済をもたらし、地続きの明日を与えるため。

 灰色猫は、その診察台の上にて今も尚まどろみの世界に全身をずっぽりと覆われたままの、そんな七色の修道女を揺すり起こす。


END 

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