9-7
「お待たせしました… カンナさん。ベル」
昇る朝日を背に、セツリがふらふらと洞窟から姿を現す。いつの間にか夜は明け、時刻は早朝。新しい一日の始まりを迎える時刻。
「セツリ!! よ、良かったぁ~。本当に良かったぁ。なかなか戻って来ないから、私、凄くしんぱ、い…」
感動の抱擁、本来ならば、そんな展開が待ち受けていたシーン。だが、そうはならなかった。なる筈も無かった。
何故なら、セツリの身体が…
「せ、せ、セツリぃ!!! その身体!!! 真っ赤じゃない! どうしたの!? 怪我ってレベルじゃないよそれ!」
「いえ、これは… 僕の血じゃない」
「え? え!? でも、それじゃとにかくセツリが怪我したってわけじゃないんだね? セツリは大丈夫なんだね?」
「ええ… それは、間違いありません」
「で、でも、それじゃあ、その、その血は…。中で一体何があったの!?」
「僕が、やったのかもしれない…… ねぇ、カンナさん。僕は、僕は、一体何者なんでしょうか」
セツリは、そんな言葉を何とか捻り出すと共に、やがて、その意識の手綱を完全に手放してしまう。
彼の両の掌の上でその存在を主張する、闇色の不幸の星だけを遺して―――
◆ ◆ ◆
果たして、二人の間に一体何が起こったのか?
果たしてそれは、その行為は、本当に《呪い》であり《解呪》だったのか?
件の囚人は、まるで全身の傷が開くように。過去におった古傷が開くように。至る所から真っ赤な血潮を散らし、崩れ落ちる。
「アァ、これで良い。これで良いんですよ、ダンナ。何人もの人間を惨殺したんだ。勿論、自分も只では済まなかった。本来なら、こうなっている筈だったんです、十年前のあの時に。自分は、文字通り幽閉されていた。そう。自分は、あの時既に、死んでいた」
「僕は… 僕は何を、一体、何を」
「これで、これで、ようやく眠れる。ヒャッハッハ。ねぇ、ダンナ。自分のやった事は、果たして誰にとっての正義だったんでしょうね? そして、ダンナの選んだ選択も」
噴出す血潮は、やがて無機質な《石》へと変わる。それは、徐々にレンギの全身を覆い、やがて…。
「アァ、その結論を導き出すのは… ダンナに任せますよ…… なにせ、《鍵》キーマンであるダンナには、その時間が、たっぷり、あ、る」
そう言ってニコリと微笑んだ後、両の瞼を眠るように安らかに、そっと閉じるレンギ。
もはや意識も無く、うわ言の様に解き放った言葉。それは、誰に向けたものでも無く。心想、或いは深層、真相。
「星の… 天… 砕。危惧すべきは、呪いという… 概念の…… 流出。この星《惑星》の… そと、へ、の…」
遺されたのは、その役割を終え厳かに佇む魂亡き《石像》と、一人の青年。
終わりを告げる始まりの歯車が、少しずつほんの少しずつ。けれども確実に、着実に動き始める。
◆Ω◆Ω◆Ω◆
この世界には《呪い》がある。
そもそも呪いとは一体何なのだろうか?
世界の理。自然の摂理。目に見えぬ隣人、或いは死神。
その本質は負を担う天秤であり、不幸の顕現であり、自然の理である。
ただし、そんな当たり前の筈の前提自体が大きく揺らぐとしたら? 何者かによって捻じ曲げられているとしたら? 本当の意味、意図、役割が別にあるとしたら?
事実として。
二つの白き不幸の星が出会った事で、世界は一変する。
白き不幸の星の役割。世界の遷移。カイドウの真意。セツリの運命。
こうして、二人と一匹の旅は一つの終点を迎える。
この旅の果てで、改めて自身の業と対峙したセツリ。
この先セツリを待ちうける非凡な運命。それは未だ闇の渦中。
だからこそ。彼らの旅は、まだ終われない。
ノロトキ 第一部《了》 第二部へ