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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第Q解 「原罪。星々の石檻」
64/107

9-6

「僕、達は…」

「ダンナ、ちょいとばかり昔話に付き合って下せぇ、十年前の話です… 自分は、当時名もねぇ三流解呪師だった。災害レベルなんてもってのほか。良くてレベル4を解呪出来るくらいの。そんな旅の三流解呪師でした」

 耳に痛いほどの静寂の中、レンギの声だけが薄暗い牢獄内に響き渡る。その声色の幽かな残滓が、これから語られるであろう真実をより確かなものへと煽り立てる。

「そして、《運命のあの日》自分は、とある解呪師のいねぇ小さな村で解呪を執り行っておりやした。全住人が100人に満たない位の小さな村でね。アァ、そうだ、確かあの日は皆既日食でしたね。真昼間だってのに、空は一面の闇に覆われちまった。住民達は大層恐がってやしたよ… 丁度そんな折、空が大きく二度光った。今でもはっきり覚えている、あれは、本当に美しかった。あんな虹色の光、それまでみたことがありやせんでした」

 時折揺れる松明の炎。

 炎の泡沫は儚くも散る徒花であり、後に残るのは結果のみ。セツリはただただ目の前の囚人の言葉に耳を傾ける事しか出来ない。

「その時自分は、一人の呪いに掛かった少女の解呪の途中だった。レベルは2。何の変哲もない、不幸の星が二つ。自分にも充分解呪可能の筈でした。でもね、ダンナ。変わっちまったんですよ。そのたった一瞬で。虹色の光の前後で」 

「変わった?」

「アァ、変わっちまったんですよ。黒から白へ。自分や、ダンナのソレと同じ… そう。白の不幸の星」


 つまり。

 そう言い結んだ孤独な囚人は、その顔に虚ろな笑み浮かべながら、断言する。


「この白の不幸の星の正体の一端。それは… 十年前の審判。《星の天砕》に関わっちまった証。それも、ただ関わっただけじゃねぇ。こいつはね、いわば業を背負っちまった印なんですよ。呪いに対する呪い。抑止力ってやつです」

 星の天砕。

 レンギの口から放たれたそのたった一言のワードは、セツリの心を自らの御影へと縛り付けにするようにして、掴んで離さない。離そうとしない。 

「ダンナ。ダンナは、星の天砕についてどれだけ知ってますかい?」

「いえ。実際殆どは。公式な記録も、何故か殆ど残っていませんし。人伝に聞いた概要だけです」 


 その言葉通り。セツリは、件の事件については殆ど何も知らないに等しい。否、セツリだけではなく、その事件について詳しく知る一般人は殆ど居ないと言っても過言ではない。大衆の認識としては、大きな過去に類を見ない災害クラスを超える呪いがあった。その程度のものである。何が原因で、どういった解決を迎えたのか。被害の規模。総ては闇の中。ただ一つ、セツリがそれ以外に知るところがあるとすれば、それは… カンナがその被害者であり数少ない生き残りであったという事実のみである。


「レンギさんは、星の天砕がどういったものだったかを知っているのですか?」

「ヒャッハッハ。ええ、まぁ嫌というほどにはね。なんせ… この手でその一つを… 葬ってやったんだ。忘れる筈がねぇ」

「葬る? ……… ! レンギさん、あなたは」

「幾ら三流だとしても、自分も解呪師の端くれ。自分の手に負えないことくらい、瞬時に判断出来た。そして、ソレは、この世界にあっちゃならねぇ呪いだった」


 呪いは、《生きとし生けるもの》に降り掛かる自然現象。それを身に宿し、効力が発揮されるのは、生者の身体にのみ。とどのつまり、そこから導き出される結論は唯一つ。


「だから、殺した?」

「ええ。殺しました。ただし… その少女だけじゃない。村人全員だ。自分は、全員を殺した。一瞬の判断だったとは言え、感染の恐れもありやしたからね。念には念を入れてってやつです」

 

 淡々と答えるレンギに対し、言葉を失うセツリ。解呪師としての最大の禁忌。不文律。このレンギという男は、それを躊躇いも無く犯してしまった。

 果たして、まともでないのはあの男か? それとも自分か? セツリの精神は未だ混沌の渦中に在り続けている。それでも彼は、藁を掴むためその両手を振り上げ続ける。


「アァ、まぁ、その結果がこの足の白の星ってわけで。因果応報。自業自得。何の事はねぇ、少女から自分に依代となる対象が変わっちまっただけ。なーに、世話ねぇ話ですぜ」

「… どうして」

「どうして? それが自然の摂理、だからですよ。ダンナ。少なくともたった100人の犠牲で、その何十倍、何百倍、或いは何千倍もの人間の命を救えたかもしれない。例えそれが結果論だったとしても。事実は事実… なーんてのは、あくまで建前ですがね。ま、その結果論で言えば、そのおかげで自分はこのザマなんですし。それに、自分に宿ったこの白の星の意味を悟ったのも、随分後になってから。その時は分かりようも無かったし、分かるはずもなかったとはいえ、自分は、結果的に何の罪もない人達を殺しちまった。それも、《無駄死に》ってやつでしたし。あくまで結果論で言えば、ですが」

「白の不幸の星。星の天砕。レンギさん、星の天砕とは一体何ですか?」

「言った筈ですぜ、ダンナ。いきなり王を狙うなんざ無粋だと。それに、それを今ここで口にしたところで、ダンナには理解できない代物だ。せいぜい旅を続けてその正体、いえ、真相って奴に辿りついてくだせぇよ。まぁ、自分も総てを知っている訳でもねぇし、自分が防いだのは各地で同時に起こったその現象のほんの一握りだけにすぎやせん。偉そうな事はなにもいえないってのが事実」 

 何より、今回の問題はそこじゃありやせん。

 そう結んだレンギは、未だ混乱の渦中にいるセツリを意に介さず尚も独白を続ける。狂気、或いは狂喜。一度動き出した歯車は、決して止まらない。

「今日、ダンナに来てもらったのは何を隠そう、この白の不幸の星。関わっちまった者の証を、ダンナに診て貰うため。あのお方からの依頼も、そうだった筈ですぜ。違いますか?」

「いえ、その通りです」

「ダンナァ。そう難しい顔しないでくだせぇよ。件の事件についての概要は話せない、けれどこんな胡散臭い囚人の抱える胡散臭い呪いを解くかどうかを決めろ。確かに無茶な話だとは思いやすぜ。けど答えは二つしかない。この呪いを解くか、否か。二つに一つの簡単な話です。それに、どちらの判断であろうとも、受け入れる覚悟は出来ている。何分、どうやらこの白の星、自分自身の力では解呪出来ない代物らしいんでさ。それはおろか、今まで数多くの解呪師達が解呪を試みましたが、この白の呪いは誰にも解けなかった。そんな折、あのお方からダンナの話を聞いた。恐らく、ダンナだけがこの白の呪いを解呪する力を持っている。自分はそう思いやす。まぁ、その行為を解呪と呼べるなら、ですがね」


 長い長い沈黙が、たった二人だけの世界を我が物顔で支配する。だが、そんな厳かなる沈黙とは相反する確かな決意を内包しながら、セツリが尋ねる。


「一つだけ、教えてください」

「王手以外ならなんなりと」

「もしも。もしも僕がその白の不幸の星を解呪したら… レンギさんは… イヤ、この《惑星》は一体どうなるんですか?」

「一つ、言える事があるとすれば、ダンナは《キー》って事です。その点、自分やあん時の少女は、単なる《錠前》であり《ピース》でさぁ。そう、各地に点在する単なる部品、パズルの一ピースです」

「キー? 錠前? 何の事ですか? どういう意味」

「………」

 これ以上、語るべきことは何もない。そう、沈黙を持って答えとするレンギ。対して、セツリの導き出した答え、それは。

「分かりました。やってみます、レンギさんの解呪」

 洞窟の入り口にて看守から受け取った牢の鍵を手にし、そんな言葉を放つセツリ。

 彼が選んだ彼の結論。

 

 彼の今後の運命。否、呪いと、それに関わる総ての森羅万象にとっての新たなる夜明けを迎える決定的な選択。その第一歩。始まりの終わり。

 正解≠不正解。どちらの未来が待っていようとも。その結論に後悔など無くとも。

 彼の選んだその選択を顧みる事が出来るのもまた、彼唯一人なのだから。



 そして、セツリのその結論を受けたレンギの虚ろな右眼から、一筋の涙が流れ堕ちる。


END

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